なんだか心にぽっかりと穴が空いた感じが拭えない、つなです。

こんばんは!


魂のブループリント


「産まれる前の魂の計画」が書かれたと言われるそれ。

私が自己退行をかけて掴んできたのは「孤独」でした。


大丈夫、できる!

と言って握ってきた「孤独」という課題


それは、うん。

自分でもとても感じています。


虐待、虐め。

それを通しての人間不信。


書くのは面倒なので、端折ります。


「孤独」を通して学ぶことはたくさんありした。

それは現状でも全てを手放しきれていません。


でも、じゃぁ……

親は何を握って生まれてきたの?



虐待する側、見ぬふりする側


虐待は連鎖するとは言われますよね。

私も虐待について調べ、学んできている中でそれは承知しています。


けれどその与える虐待の性質が違う場合は……?


私の父は、子供から見た側から見えたのは

「ネグレクト」「心理的虐待」でした。

細かくすると「教育機会の搾取」「金銭搾取」が主だったものかなと。

そして「長男だから」と言われ続け育ったプレッシャー。


内弁慶な父親は、典型的な性加害者の特徴そのものです。



「人当たりがよく」「順風満帆」にみえ「管理職」をしていて……

みたいな。


ここを詳しく書きたいわけではないし、今の時点で書くのは面倒なので割愛します。



総じて「弱者に対してしか自分の力を発揮出来ない人」なのです。

「強い者には負ける」から「弱いものを虐げ」るのです。



それが娘への性虐待であり、暴力だったのです。


でもさ。

生まれる時に握ってきた「魂の課題」の側面から見た時。

こういう犯罪をする人って何を課題に握ってるのだろう。


その虐待を知らないフリする非加害親と言われる人は何を課題に生まれてきたのだろう。

直接加害じゃないだけで、非加害親の関わり方ひとつでは立派な加害者ではあるとも思いますけれど……



私の母は加害者寄りだとは思います。



この人たちは、何を学びたくて生まれてきたの?


と逆説した時に疑問が生じました。



誰か教えてください。