「すでに私は嫌われている」
この前提に立ったとき、
心がふっとかるくなった
嫌われないように…
好かれるように…
という思いが人一倍強いであろう私にとっては、サングラスを外したような視界の変わり方だった
今まで無意識でとっていた"嫌われないため"の行動・言動
そのほとんどが、
自分の本音とはかけ離れた(もしくは無視した)ものだった
可笑しくなくても周りに合わせて笑う(ふりをする)
自分はそうではないと思っても「そうですね」と相手に合わせる
本当は欲しいのに本音を出したらヘンに思われるんじゃないか、良識ある人、大人であれば譲ることが正しいのだと思って遠慮する
挙げればキリがないぐらいたくさんある
これぜーんぶ、
嫌われたくないから
好かれたかったから
でもどうやっても、
ある一定数の人には嫌われるし、嫌われないまでも好かれることもないことに気づいた
そして同時に、
カメレオンの如くその場や相手に合わせて七変化していても、本気で慕ってくれたり好かれることもないことにも気づいてしまった
(ていうかそんな人間、信頼できん🤣笑)
人間は孤独感を極力避けたがる
そのための防衛策であり、自分自身を守ろうと必死にしていた健気な思い(これをエゴと言うのだろうか)でもある
でもその中で長いこと生きてきて、
自分が幸せを感じていなかったことも事実としてある
であれば
手放してもいいと思った
「私はすでに(ある人たちからは)嫌われている」
嫌らっているのは全員ではない
もしかすると好いてくれる人が近くには見当たらないかもしれない
でも
『少なくとも自分だけは自分の最大の味方であること』
ここを忘れなければ、
自ずと周りの環境も整っていく
大丈夫です
あなたもわたしもすでにきらわれてますから😂✨
以下、やってます☕😊




