「吃逆」/探偵はしゃっくり癖の進士様! | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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森福 都 吃逆

時代は宋朝。第二百七十四位で科挙の試験に合格した私こと陸文挙は、合格はしたもののそれは第五甲という下位での合格であり、これでは仕官さえ儘ならない。ところが、陸には奇妙な特技があった。それは、吃逆(しゃっくり)と共にやって来る白昼夢とも言うべきか? しゃっくりをするた度に、彼には奇妙な光景が見えたり、とんでもない思い付きが浮かんで来るのだ。

さて、彼の奇癖を知った周季和という男から、『閒話小報』なる小冊子の偵探としてスカウトされた陸。陸は周とともに、開封の都を騒がす噂の謎に迫り、いつしか付いた渾名は「吃逆偵探」。進士様の箔を借りた『閒話小報』であるが、編集人である周季和の切れ者ぶりは凄まじく、実際はどちらが「偵探」なのか分からなかったりもするのだが・・・・。

勿論、男ばかりが出てくるむさ苦しい話ではない。物語を彩るのは、陸が惚れ込む、珠子楼の看板厨娘、宋蓬仙。陸の想いを知ってか知らずか、宋蓬仙と周季和には浅からぬ因縁があるようでもある。陸の想いは、蓬仙の想いは果たして実を結ぶのか?

目次
綵楼歓門
紅蓮夫人
鬼市子

「綵楼歓門」
男女の投身現場に偶然にも居合わせた陸。それを知った周季和から、偵探役を請われた陸は、周とともに投身の謎に迫る。この男女の投身事件には、それ以前にあった二人の妓女の投身にも関係しているようで・・・。
吃逆偵探として名を馳せた陸は、開封府知事の劉公に面会叶い、司理参軍として念願の仕官がかなう事になる。しかし、これもまた、実は周季和の引いた絵の中にあったのかもしれない。

「紅蓮夫人」
天子が鑑賞する水上演芸、「水百戯」に抜擢されるのは非常に名誉な事。梁大礼使による大選抜会に召しだされた、若手絡繰師の干敏求が操る絡繰人形は、「紅蓮夫人」という名の妖艶な人形だった。ところが、人形とともに、蓬莱島の雲輝亭に唯二人、取り残される事を望んだ梁大礼使が、何と刺殺されてしまう!
どこか尋常ならざる色欲を持っていたと評判の梁大礼使、彼は人形の唇を貪り、あまつさえ人形に挑みかかったのか。梁大礼使を殺したのは、人形の首から弾け飛んだ鉄線なのか? 常とは違う様子の周季和に、心を痛める宋蓬仙。そうとなれば、勿論「吃逆偵探」陸文挙も黙ってはおられないわけで・・・。
母親の影響ゆえか、悪女であればある程、心惹かれてしまうという周季和。泥土の中から必死に頭を擡げる蓮のような「紅蓮夫人」が哀しい。

「鬼市子」
鬼市子とは幽霊市のこと。冥界での必需品を整えるために、亡者同士が取引を行うとされる場所。五更の街鼓前から露店が立ち並び、夜が明ける頃には畳まれるという、旧鄭門の前で行われる市を、周とともに訪れた陸文挙。それは、盗品や世にも不思議な珍獣の宝庫であるという、市の風聞を確かめるためであった。
さて、周季和一筋であるかと思われた宋蓬仙に、籠物商の男、賀延賢という影がちらちらと見え、陸文挙は気が気ではないが・・・。
また、都の名物夫人、王夫人の死から始まった事件は、思わぬ余波を引き起こす。その昔の皇后、郭后の死や、呂宰相、陸の上司である劉公をも捲き込んだ噂となる。

綵楼歓門あたりは、「吃逆」の出番があまりにも多いため、ん?と思われる向きもあるかもしれませんが、紅蓮夫人からはきっとこの物語に引き込まれるはず! ここに至っても、うーむ、今ひとつ、と思われても、これは是非、鬼市子まできっちり読んで欲しい物語。あちらこちらに散りばめられたピースがぴたぴたと嵌まる様はまさに快感。こういうのに弱いんだよな。陸文挙が見た白昼夢、白い猿がするすると木を登る様子も印象深い。

どこまでもお人よしの一途な男、陸文挙、眉目秀麗であるけれど、どこか幸薄そうな周季和。どちらに肩入れして読むかは人それぞれだとは思いますが、私は最後に至って周季和の魅力にヤラれました。んふふ、こういう陰のある色男もいいよなぁ。続きも読みたいところなんですが、続編はないのですかね? 陸文挙の思いは果たして届くのかなー。

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