「犬吉」/それは一夜の夢物語 | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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諸田 玲子
犬吉

あたい、犬吉。おかしな名前だけれど、これはあたいが人よりもお犬さまの方が好きだから、付けられたあだ名。時は「生類憐れみの令」が出され、中野に約16万坪からなる御囲が作られた元禄時代。最盛期ではなんと坪数にして約27万、犬の総数は約十万匹に及んだといい、これはこの最盛期の御囲を舞台にした物語。

犬吉は二の御囲で、お犬さまの世話をする日々。たかが犬の世話と侮るなかれ。病犬の世話に、狂犬の世話、糞便が染込んだ布団の洗濯に餌やりと、お犬さまの世話は重労働。御囲に詰めた女たちは、ほとんどが賄い役に回る所を、犬吉は志願してお犬さまの世話係となった。

これだけの広さであるからして、ここに流れ着いた者どもも、大抵は理由あり、若しくは脛に傷持つものばかり。主家を失った伊賀者、人を斬り殺し追われる浪人、先祖代々のお役目を奪われた侍、悪党、ごろつき、食い詰めた女ども・・・。給金だけでは賄い切れぬ女どもは、五匁、十匁で、男たちに身体を売る。嫌な奴には肘鉄を食わせるけれど、犬吉とてそれは例外ではない。

廓で産み落とされ育った犬吉は、幾千代姉さんの馴染みの旗本奴に、飼い犬・雷光の世話係として身請けされた。今はもういない雷光だけれど、犬吉にだけは幻の犬が見えるのだ。犬吉は、なき雷光を追って、この御囲にやって来たとも言える。

さて、御囲に赤穂浪士の討ち入りの一報が入る。お犬さまよりも劣る食事に、「お犬さま」大事のお世話。不本意に御囲に流れ込んだ男達。この報に接した、鬱屈した者どもの感情が爆発し、一夜限りの祭が始まり、犬吉もまた否応無くそれに巻き込まれる・・・。

これは、一夜の夢物語。でも、夢というにはあまりに苦い。

犬吉は祭の中、御鷹御犬索を務めていた、依田と心を通わせ、危機を乗り切る。身分の違い、育ちの違い、互いに恋しく思えども、それはやはり一夜の夢なのか?

弱いもの、虐げられるものへの犬吉の目線が優しい。弱いものが更に弱いものを虐げる中、彼女はそれに至った事情を思い遣り、人を赦す事が出来るぴかぴかの心を持つ。

また、猟犬が死んでしまったことを、依田に「生きる張りが無うなったのやもしれぬ」と言わせ、美しく着飾った幾千代姉さんの無残な死を描く事で、安住の地にいるものの幸不幸をも考えさせる。人とて、犬とて、何もせず、たらふく喰えるだけが、幸せではあるまい。

犬吉の明るい語り口にどんどん頁を繰ってしまう、非常に面白い物語ではあったんだけど、女性としてそれはあまりに辛いだろう、という出来事あり。そういう意味で、語り口はあくまで明るいけれども、無残な青春でもある。
痩せ我慢で強がりの犬吉。一瞬の輝きだからこそ、恋は美しいのかもしれないけれど、何で、そこ、行かないんだよ!、と思ったり。笑(ハーレクインになっちゃうかもしれないけど、私はハッピーエンドが好きなんだい!)
諸田玲子さん、初めて読んだのだけれど、他の著作も読んでみようと思いました。 割りと読み飛ばしてたんだけど、この御囲については内藤新宿の宿場の話として、「新宿っ子夜話 」にも出てきたのではありました。

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一つだけ疑問。表紙がハスキー犬に見えちゃうんだけど、この時代の輸入犬である、「唐犬」って一体どんな犬種なんだ~?? (雷光は唐犬なのです)