言語感覚/「活字の海に寝ころんで」 | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。

扉によると、
「重度の活字中毒者」による「面白本」ガイト。日本の異様な光景への疑問を語る「全国どこでも自販機横丁」、都会と自然界の眺めを鮮やかに対比する「素晴らしいぐにゃぐにゃ風景」、日本人の醤油・味噌好きをアンデスの麓で再発見する「アミノ酸の呪縛」など、<食>への徹底したこだわりと辛辣な眼差しが冴える軽妙なエッセイ17篇。
とのこと。

実はこの本が特に印象に残ったというわけではなく、椎名誠さんの本では他にもっと好きなものがある。けれどこの本の中に、私が椎名さんを好きな理由の一つである、「言語感覚」が分かる部分があるので、今日はこちらを。

椎名誠「活字の海に寝ころんで」

椎名
さんは実に色々な系統の話を書いていて、SF系、新橋サラリーマン系、冒険系、紀行文系(あくまで、ワタクシ個人的分け方です)など色々あるのだけれど、私が好きなのは冒険系紀行文系。その中でも色々な文体があって、よろめきぐんにゃり系(?)とか、真面目で透徹した眼差しが冴えるもの(こちらも同じく個人的分け方です)もある。更に扉にもあるように、「重度の活字中毒者」なものだから、言葉の使い方が非常に巧い。この文体は中々真似出来ないのではないか、と思う。「活字フェチ」的にも非常に面白い表現が目白押し。


男性四人で南米アンデス山脈の麓のルートを南下していた時のエピソード。バックパッカースタイルで、テントで寝起きする毎日。食料は村で手に入れる羊肉か瓜の類ばかり。勿論お酒だって満足に手に入らないから、酔って気分を和ませて眠りに付くことも出来ず、もうずっと一緒に行動しているから、寝ながらするような楽しい話題も何もない。

ここまでが私の要約で、以下が地の文。

しかし、ある晩、ひとりの仲間が突然ヤケクソのようにして、「ああ、オレ、いまギョーザ食いってえ!」と叫んだ。
(中略)
ほかほか湯気をあげた蠱惑にみちた濃密誘惑物体が楕円形の皿の上に六つほど並んでそれぞれの目の前に漂っていた。そうなるともう駄目だった。にわかに全員が今すぐ餃子を食いたくて食いたくてたまらなくなってしまったのである。「ギョーザ」というヒトコトだけではまだ耐えられていたささやかな理性が、「ギョーザ六個」というヒトコトによってあっという間に瓦解したのであった。何を叫んだとて食べられるわけでもないのだが、そのあとみんな雪崩をうったように、口々に今すぐ食いたいものを叫びはじめた。

「蠱惑にみちた濃密誘惑物体」なんて、中々出てこない表現だと思うのですが、如何でしょうか。それにきっといい大人であり、むくつけき男性である四人の、切ないまでの心の叫びがよく分かりました。

以前「笑える本」 として椎名さんの本を上げた事もあるのだけれど、真面目な紀行文も好き。この本は中間という所かな。 でも、これはなんで「新書」で出ているんだーー??

著者: 椎名 誠
タイトル: 活字の海に寝ころんで

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたらご連絡下さい。