旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


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古庄 弘枝

沢田マンション物語

情報センター出版局

高知県にあるという「沢田マンション」。ご存知でしょうか? 私が沢田マンションのことを知ったのは、テレビのびっくり建築物の紹介的番組が切っ掛けだったのかな。一つとして同じ間取りがなく、マンションなのに緑溢れる白亜の巨大マンション。これを作ったのは、なんと建築を学んだこともなく、所謂「専門家」でもない夫婦二人。たった二人で、すべての工程をこなして、この巨大な建築物を作ってしまった。さて、この夫婦二人はどんな人なの?いったいどうやってこの建物を作ったの?というお話です。

テレビでは多少際物的扱いを受けていたけれど、これはそんな風に扱っていい建物ではないですよー。建物も唯一無二であれば、この二人の人生、人柄もまた唯一無二。普通の人では当然、こんな偉業は成し遂げられないわけで、彼ら二人の人生もまた、思いっきり規格外です。すごい。

合理的であることがよしとされ、分業が当然であるこの社会において、沢田夫妻は同じ間取りを作ることもせず、すべてを二人(のちには、娘やその娘婿も巻き込んで)で賄っていく。その信念は自分たちの生活においても貫かれ、マンションの屋上にはもち米の水田や野菜畑があり、その隣では鶏が飼われ、自宅用の生活用水は初期に夫婦二人で掘った井戸水が使われる。さらにこのマンションで使われる木材は、すべて自分たちが所有する山から切り出し、自らが製材するもの。その他にも、他の場所にも田んぼや畑を所有し、炭焼きまでこなしている。ほんとに何から何まで、出来ちゃうのです。

夫である嘉農さんの若き日の逸話、沢田夫妻の結婚当初の苦労話、いやー、世の中にはすごい人たちがいるもんだなぁ、と思いました。この巨大マンション自体が、嘉農さんの小学五年生の時の夢から始まるものなのだけど、子供のころからこんなに確りとした夢を持ち、その後、その夢に向かってひたすらに邁進できる人もそうはいないのではないでしょうか。また、妻である裕江さんも凄くてですね、事情があって齢十三にして、19歳も年の離れた嘉農さんの妻となるのだけれど、「100所帯を作るまでは愛も情けもないぞ。それまでは一心不乱についてこいや」という言葉を信じて、ともに邁進していくのですよね。二人は夫婦であり、戦友でもあるわけです。

とはいえ、いつもいつも戦ってばかりではなく、マンション建設が一段落(三期に分けて工事を行った)してからは、年に少なくとも2回、子供たちの学校の春休みと夏休みには必ず家族旅行をしてきたそう。これもまた、「家族も楽しまさにゃいかん」という嘉農さんの信念のもとだったのだけれど、家族旅行をするために大型免許を取り、48乗りの大型観光バスを買ったというこだわりぶり。時にその旅行は一ヶ月にも及んだのだとか。

とてもとても自分には出来ない生き方なのだけれど、その人生の迫力に圧倒され、また、常に自分がどうしたいのかを念頭に据えて粘り強く行動する、その姿勢にも打たれました。人間って、ほんとうはたくさんの能力をもった生き物なのかもね。

目次
第1章 「笑みがこぼれるマンション」の理由
第2章 「奇才誕生」秘話
第3章 建てては売る新婚時代
第4章 悲願のマンション建設の裏側で
第5章 沢田夫妻が語りかけること

■沢田マンションについて。Wikipediaに
リンク

■この本にも出てきた、フランスの郵便配達夫、シュヴァルがやはり一人で作り上げたという「シュヴァルの理想宮」。Wikipediaに
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デイヴィッド・ウィーズナー

漂流物
BL出版


かようびのよる 」のデイヴィッド・ウィーズナー。

こちらの絵本で、ウィーズナーが描くのは、ある海辺の情景。海辺と言えば、色々な物が流れ着く場所でもあるのだけれど、そこで少年が見つけたのは…。

もしかしたら、どこかにあるかもしれない(というか、あったらいいなと思うような)風景が面白い一冊です。

そうして、またその漂流物は、少年と誰かを繋ぐ。かようびのよる」と同じく、文章は全くないのだけれど、たのしいよー。普段本ばっかり読んでる自分だけど、言葉などなくとも迫ってくる絵が新鮮。

←こちらも読みたい!
「1999年6月29日」は画像が出ないデス。なぜ?

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イーディス・ウォートン, 薗田 美和子, 山田 晴子
幽霊
作品社

比較的新しい本(2007年8月初版第1刷発行)だったため、最近の作品と勘違いして借りてきたのだけれど、著者のイーディス・ウォートンは生年1862、没年1937年と、古き良き時代のお人なのでありました。

であるからして、物語の中で出てくる「幽霊」も、分かり易く派手にキャー!!!、となるものではなく、ぞわぞわ、ひやひや、もしかして?、といった具合に、それらは密やかに迫り来る。もう一つの特徴としては、著者イーディス・ウォートン自身が、ニューヨークの富豪の家に生まれた、所謂上流階級の人間だからか、その舞台のほとんどが、由緒ありげなお屋敷なのです。なので、その時代の上流階級の生活や、お屋敷を楽しみつつ、そこにひたひたと迫りくる超自然的な現象を、物語の中の登場人物と一緒にひやひやと体験するような読書となりました。

Contents
カーフォル
 Kerfol
祈りの公爵夫人
 The Duchess at Prayer
ジョーンズ氏
 Mr Jones
小間使いを呼ぶベル
 The Lady's Maid's Bell
柘榴の種
 Pomegranate Seed
ホルバインにならって
 After Holbein
万霊節
 All Souls'
付『ゴースト』序文
訳者解説


現代風な香りがするところでは、「ホルバインにならって」と「万霊節」の二篇が面白く、その他では美しい女主人と、彼女にあまり相応しくない「旦那さま」の組み合わせが印象深い。そうしてこの場合、召使はみな女主人の味方。なんてお可哀そうな奥さま!(「カーフォル」、「祈りの公爵夫人」、「小間使いを呼ぶベル」の三篇)。

ホルバインにならって」は、老アンソン・ウォーリーと、かつては「名だたる女主人」と呼ばれたイーヴリーナ・ジャスパーのお話。アンソン・ウォーリーなしのパーティーは完璧ではない! 今日も今日とてウォーリーはパーティーに出掛けて行くのだが…。最近の気がかりは、めっきり口煩くなった召使のフィルモア。社交界はウォーリーを求めているというのに、フィルモアは毎夜の外出は体に毒だというのだ…。一方のジャスパー夫人は、忠実な召使や看護婦に傅かれ、今はもう決して招待客が来ることのない晩餐会を取り仕切る…。

万霊節」は、年代物の屋敷に住む、女主人、セアラが体験したお話。夫であるジム・クレイバーンが亡くなったとき、子供のないセアラはこの屋敷を引き払い、ニューヨークかボストンに移り住むかと思われたのだけれど…。年代物の屋敷とはいえ、開放的で風通しは良好、天井は高く、電気、セントラル・ヒーティングなど、現代的設備はすべて整った、コネティカット川を見下ろす高台にあるこの屋敷。セアラはこの住み心地の良い屋敷を気に入っており、ここに住み続けることを決めたのだ。
ところが、ある年の秋、屋敷に向かう青白い顔をした中年の女に会った次の日、セアラは実に不可解な体験をする。夫の母から受け継いだ忠実な年配のメイド、アグネスや、医師のそれとない忠告は、何を意味しているのか? そうして、また、一年後…。

奥さま専用の居間があったり、ディナーの前のディナードレスへのお着替えや、メイドへの指示の出し方など、「上流階級の暮らし」が私には物珍しく、その辺も雰囲気だなー、という感じで面白かったです。

『ゴースト』序文には、こんな言葉が載せられている。

幽霊の存在を感じる本能は、私たちの深いところに潜んでいるのですが、その本能が、ラジオとシネマという、世界にはびこる二つの想像力の敵のせいで、徐々に退化しつつあるように思えるからです。
想像力というものは努力によって勝ち取るべきもので、それからゆっくりと吸収されなければならなかったのですが、想像力にかつては栄養を与えていたものがみな、今では料理され、調味され、小さな切れ端に刻まれて供されています。

このイーディス・ウォートンの「幽霊」は、言うならば薄味だけれど、しっかりと上品な出汁をとった物語というところ。現代の物語にあるような刺激的なところはないけれど、しっとりと味わい深い物語。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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山本 一力
お神酒徳利―深川駕篭 (深川駕篭)

深川駕籠 」の元臥煙の新太郎、元力士の尚平の駕篭舁きコンビが、再びお目見え。相も変わらず、尚平とおゆきの仲は新太郎に遠慮してか遅々として進展せず、新太郎も新太郎できれいさっぱり女っ気もなく。そんなわけで、今日も木兵衛長屋では、甲斐甲斐しく新太郎と自分の分の朝飯の支度をする尚平の姿が見られるのでありました…。

目次
紅蓮退治
紺がすり
お神酒徳利


紅蓮退治」は、江戸の住人が最も恐れた火事の話。半鐘を打つのは、各町に構えられた火の見櫓の役目。けれど、屋敷内に櫓を構えた大名は町場の火の見櫓に先駆けて、自家の半鐘を鳴らすこともある。そして、滑った時、つまり煙を見間違えて半鐘を打った時は、すぐさま一点鐘(いってんしょう)を打って鎮火を知らせるのが定め。ところが、「でえみょう屋敷の連中は、滑りのケツを拭かねえ」のだ。しかも、今度の半鐘は「滑り」どころか、遊び半分の「カラ半鐘」のようで…。尚平とおゆきのために、深川不動尊に怒り断ちの願掛けをしていた短気な新太郎なのだけれど、そこは勿論…、という話。

新太郎の実家の両替商の話も出てくるし(蔵の目塗りの話などは興味深い)、番太郎(=木戸番)の話なんかも面白いのだけれど、出てくるエピソードが、きちんと全部生かされている感じがしないんだよねえ。カラ打ちを繰り返していた武家は、なぜそんなことをしていたのかしらん、という疑問が残る。

紺がすり」は、タイトルは因業親父、木兵衛の別の顔を助けるさくらの着物から来ているように思うけれど、実際はタイトルには関係のないお話。新太郎と尚平が煮売り屋で聞き込んだ話と、彼らが助けた母子の話から導かれたのは…。それは、江戸でも屈指の『檜屋』(材木商の中でも、檜の元の値が高いだけに、檜を扱う業者は『檜屋』と別称された)である丸木屋への脅し。

このお話では、江戸の夜の暗さが印象深い。江戸の町人が多く暮らすのが、棟割長屋。明かりといえば、よくて行灯、並の暮らしで魚油を燃やす瓦灯(がとう)。上物の行灯でも部屋をぼんやり照らすくらいで、瓦灯にいたっては、手元の明かりでしかなかったのだとか。こういうの、杉浦日向子さんの次くらいに、分かり易く表現してくれるのが、山本一力さんだなぁ、と思います。

お神酒徳利」では、なんと尚平の想い人、おゆきが攫われる。それは、おゆきのお軽の技を狙ったもの(お軽とは、花札賭博のとき、相手に配る札を一瞬のうちに見定める技)。尚平と新太郎は、今戸の貸元、芳三郎の手を借りて、おゆきを助け出す。

尚平とおゆきの仲が、これで少しは進展するのかな、とも思うのだけれど、これがちょっと尻切れトンボ。おゆきを攫った弥之助は、芳三郎の名を聞いて早々に逃げ出してしまうし、弥之助を雇っていた薬種問屋の息子の徳次郎もまた、てんで腰が据わってないし(そして、助太刀のお武家のことも、あれじゃ丸わかりだしさ)。

深川黄表紙掛取り帖 」と、その続編、「牡丹酒 」でもちょっと思ったのだけれど、山本一力さんは、シリーズの一作目では、色々なエピソードをきっちり落とし込んでくるんだけれど、二作目ともなると、どうもエピソードを端折って、葵の御紋のように豪商とか、一目置かれる貸元などを使ってくるような気がします。ちょっと惜しい! 細部をきっちり語ることのできる作家さんなだけに、紋切り型は嫌だよう。

損料屋喜八郎始末控え 」の続編、「赤絵の桜」は大丈夫なのかなぁ。でも、「赤絵の桜」を読む前には、深川の老舗料亭「江戸屋」を舞台とした、「梅咲きぬ」をぜひ読みたいところ。山本一力作品は、同じ年代の江戸の話を多く書いておられるせいか、あちこちで登場人物がリンクしているんだよなぁ(また、色々見逃してそう~)。

■お神酒徳利とは?■
「菊正宗」のページにリンク
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4巻における、妖魔、鬼灯のセリフが印象深い。

 俺達がおまえを見つけるんじゃない
 おまえが俺達を見つけるんだ
 闇を見抜くおまえの目が俺達を生かすんだ
 あるはずのないものが
 あるようになるんだ

なかったものがあるようになる。しかし、そこと我との間には深い溝がある。別世界ということを弁え、お互い深くは関わらぬように。時に、茶飲み話をするくらいが、互いに合った付き合い方。

同じ妖怪を描いていても、この辺が「しゃばけ」シリーズ などとは違うところ。どちらにもそれぞれの良さがあるけれど、別世界への恐れやあちらの世界を尊重するやり方が、この「百鬼夜行抄」シリーズの特徴だよね。



行李の中
人形供養/祖父、伶の若き日の話。伶は「赤間」に助けられる
鬼の居所
神の通る道/律、大学生に
待つ人々
雨がまた呼ぶ/2巻の「花盗人」の左手がまたもお騒がせ
闇夜行路
不老の壺/祖父が作った「鬼灯」を封じる壺

雲間の月
うす紅色の女
魔の咲く樹/律の眼にとり憑いたモノの話(ちょっと時空が歪んでる?)
狐の嫁入り/昔、まだ人間と妖怪とが約束を結んでいた時代の話
笑う盃
秋しぐれ/律、幽霊屋敷で雨宿り
返礼/「魔の咲く樹」の前日譚。哀しい呪術師の話

花貝の使者
隣人を見るなかれ/律のおじ、開が二十六年ぶりに「帰って」くる話
雨降って地に流るる
枯れ野
闇は彼方に佇み/開おじと、環おばの幼き日に出会ったモノが舞い戻ってくる話
マヨヒガ
骨の果実

■関連■
百鬼夜行抄1~3
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飯嶋律の祖父、飯嶋蝸牛(伶)は他人にはない不思議な力を持つと言われた、幻想文学の書き手であった。ときに、他人には見えぬ、この世ならぬものを見てしまう者がいる。こちらが気がつかなければ、向こうもこちらに気づかない。けれど、そういうものを感じてしまう人間は、悪い影響を受けることもある。

祖父、蝸牛はそういう人間であり、また、それを利用した人間でもあった。ただし、それによって、蝸牛の寿命は確実に減った。そして、まだ幼かった律には、自分を守る術がない。祖父は自分の死に際し、律の身の安全を、「青嵐」なる妖魔に託す…。

 見てはならない 話してはならない


それが律の約束となる。

この世ならぬものが跋扈する律の家。律と同じくそれらが見えてしまう、従姉の司や晶。律や司、晶の身近で起こる様々な不思議な出来事…。

青嵐は、律の護法神であるけれど、律の家来であるわけではない。見過ごすことが出来ず、誰かを助けようとする律に、余計な事はするな、と忠告したりもする。あちらのモノどもと渡り合うのは、実は大変なこと。とはいえ、そう簡単に悪いことを見過ごすこともできず、大抵の場合、律は巻き込まれ、青嵐も駆り出されることになるのだけれど。

たとえば、人間によって使役される式神であっても、それらは好きで使役されているわけではない。自由を奪われ仕方なくやっていること。術が破れたとき、彼らが襲うのは最も憎むべき相手である術師である。

律は時に危ない橋を渡りながらも、何とかそれらと渡り合っていく。

連作短編といった感じで、基本、どこから読んでも大丈夫な気もするのだけれど(流石に1巻は最初に読んだ方がいいのかな)、時々、時系列がバラバラのお話が(特に祖父・蝸牛関連の話)飛び込んでくるので、その後にも関係のありそうなお話のメモメモ。

ストレートに人に害為す妖魔も怖いけれど、祖父、蝸牛と戯れていたという、妖魔「鬼灯(きちょう」も怖い。長く生きている彼は、遊び相手を求めている。自分のことが見え、対等に話せる律に鬼灯は執着するのだ…。ある種の無邪気さを持つ妖魔に見込まれるというのも、彼には律以外はどうでもいいわけで、身近な人たちにとばっちりがいかないようにするだけでも、結構大変~。

精進おとしの客/青嵐と祖父との約束の話
闇からの呼び声/従姉の司の痣の話
あめふらし
桜雀/尾白と尾黒の話
目隠し鬼
人喰いの庭/
雨夜の衝立/若き日の飯嶋伶と姉の話

水連の下には
見知らぬ花嫁
神借り/従姉の晶が連れて来てしまったモノの話
言霊の木
雪路/律の初めての友達の話
花盗人

封印の家
夏の手鏡
反魂術の代償/祖父の友でもあった、青嵐よりも長く生きている妖魔登場
凍える影が夢見るもの
南の風
青い鱗

■関連記事■
百鬼夜行抄4~6
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村山 早紀, 名倉 靖博
コンビニたそがれ堂―街かどの魔法の時間 (ポプラの木かげ)

カフェ・かもめ亭 」と同じ風早の街には、探し物があるものだけに開かれているコンビニがあるらしい。赤い鳥居がたくさんあるあたりに、もしもコンビニの灯りがぽっかりと光っていたら…。そこには、長い銀色の髪に金の眼の若者がおり、ぐつぐつ煮えているおでんと、つくりたてのお稲荷さんのあまいにおいが漂っているのだという。

たそがれ堂が受け入れるのは、人間だけではない。時には飼い主のことを強く想う猫だってやって来る。カフェ・かもめ亭と違って、いつでも誰でも入れるお店ではないけれど、さすが風早の街。やっぱり、このお店もとても素敵。

もくじ
コンビニたそがれ堂
手をつないで
桜の声
あんず
あるテレビの物語
エンディング~たそがれ堂
 あとがき


私が好きだったのは、「桜の声」と「あんず」。
ラジオ風早のアナウンサーであり、『ティータイムをあなたと』を担当するさくら子の元に届くようになった手紙。両親の待つ田舎に帰りもせず、ひとり、この風早の街に居続ける自分。自分の声はどこに届いているのか。自信をなくしていたさくら子だったけれど…。ケツメイシの「さくら」がキーワード。確かに、「ケツメイシノサクラ」ってちょっと呪文っぽくもあるよね。

拾ってくれた「おにいちゃん」のことを強く想う猫のあんず。自らの死期を悟ったあんずは、たそがれ堂に辿り着く。彼女が求めたものは…。助けたものと助けられたもの。でも、そのどちらもが、どちらの「助け」にもなっていたのだ。

これは、挿絵を名倉靖博さんという、アニメ界の方が担当されているのだけれど、そのせいか読みながらも、何となく登場人物たちが頭の中でアニメのように動いてました。この設定だったら、実際に連作としてアニメ化も出来ちゃいそう。ほのぼのと優しい物語に、心が癒されそうです。ちょっと甘口だけれど、偶にはこんなお話もいい。
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村田 喜代子

慶応わっふる日記
潮出版社


それは、大政奉還がなされる少し前、典医であった父、桂川甫周の鉄砲洲の屋敷に住まう甫周の娘、「ひいさま」、みね子の暮らす日々。

元治元年の夏から始まるこの物語は、慶応三年の大政奉還を少し過ぎたあたりで、その幕を下ろす。ほとんどを屋敷の中で過ごし、外出は駕籠に乗って。そんな「ひいさま」な暮らしにも、時代の流れは影を落とす。

祖父母が暮らし、かつては公方様が鷹狩りをなされたという御浜御殿も、物語の後半では静けさを失い、陸軍歩兵の騒々しい駐屯所に変わる。また、寛大な父の元、山程いた書生たちも、必要とされて、みな、国元に帰って行く…。

特に起伏という起伏はないのだけれど、これは良かったです。きゃらきゃらしたところも、浮ついたところもないのだけれど、これもまた、間違いなく「少女の」物語。

先ほど、起伏はない、と書いたけれど、物語が始まって早々、桂川家はみね子のおじ、藤沢志摩守の不興の余波を受け、約一年にわたる「閉門」を経験する。築地から鉄砲洲に転居し、新しい本屋や父の友人が暮らす西洋館など、屋敷の様々を建てている最中であった桂川家の全ての普請は滞ってしまう。「閉門」においては、すべての窓が板で塞がれ、原則的に人の出入りも許されない。そんな中でも、少女、みね子の目は曇ることはない…。

典医である桂川の娘として生まれた覚悟、武家のあれこれ、使用人たちのこと、舶来物のはなし(わっふる、ミシン)、「究理学」を学ぶ父の友人の硝石づくりのこと、父の技、蘭法医学のこと…。語られる日々の様々は、決して派手ではないのだけれど、しみじみと興味深く、味わい深い。

こういうのを読むと、情報量だけが、知識の量だけが、物事を決める全てではないと思うのだよね。習い事に熱心でない父を持ち、早くに母を亡くしたみね子は、自分には取り柄がないというのだけれど、この聡明さはすでに一つの武器でもある。

冒頭、築地から鉄砲洲に移ってきたみねは、毎朝波の音で目が覚めるようになったと語るのだけれど、この波は波といっても海の波ではなく、大川の岸辺に打ち返す波音。どぼん、どぼんと、ゆっくりと打つ波音を聞きながら、みねは海のことを考える。この冒頭からすっかり引き込まれて、ほのぼのと味わって読みました。桂川家の女中は、つるじ、かめじ、まつじ。どんな名前の娘が来ても、それは何代目かの「○○じ」(つるorかめorまつ)になるのだよね。そういうところも、旧家だよねえ。

これ、私が借りてきた図書館の本では、カバーが剥がされちゃっていたので、どんな表紙なのか知りたかったのだけれど、表紙絵は出ないようです。残念~。
図書館の本では、薄いベージュの地に、この時代の地図がそのまま描かれている。この時代の屋敷の大きいこと!(そして、松平なんとかさんが、たくさん~)

■桂川甫周(wikipediaにリンク )■
四代目と七代目、二名いる甫周のうち、七代目甫周の次女である今泉みねの日記が、この小説の元となっている。


村田喜代子さんは、以前「雲南の妻」を読んだとき、いまひとつピンとこず、そのままだったのだけれど、もう少しいろいろ読んでみたいな~、と思ったのでした。
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ヒシャーム・マタール, 金原 瑞人, 野沢 佳織
リビアの小さな赤い実

著者、ヒシャーム・マタール自身の父も、反政府主義者として糾弾を受け、リビアを脱出したものの、その後、リビアの秘密警察により誘拐され、1995年以降、生死を含め、その消息は分かっていないのだという。

というわけで、これは限りなくノンフィクションに近い、フィクションなのかな。主人公のスライマーンは、今、少年の日のあの夏のことを思い出している。それは、1979年、生まれ育った街から遠くへやられるまえの、最後の夏だった…。

パパが「仕事」で遠くに行っている時、必ず「病気」になってしまうママ。「薬」を必要とするママ。「病気」の時は、少年スライマーンには分らない話を次から次へとするママ…。

きっと、そこに愛はあるのだけれど、(そして大人になって思い出すとき、そこにはいろいろな理由があるのだけれど)少年スライマーンの周囲は何だか不安定。『千一夜物語』のシェヘラザードを勇敢な女性とみるスライマーンに、「病気」の時のママはシェヘラザードは臆病な奴隷にすぎないと言い募る。ママの言う通り、生きることは誰かの許可を得てではなく、その者自身に、最初から与えられた権利であるはずなのであるが…。

そして、彼らの家庭や周囲に影を落とす、「革命評議会」の男たち。隣のラシードさんが彼らに捕まり、スライマーンの父の身にもやはり危険が及ぶ。ママやムーサは父の書物を全て焼き、部屋には大きな「革命指導者」の写真を掛けるのだが…。

少年、スライマーンにとって、クワの実こそが神様がお創りになった最高の果実。アダムとイヴが楽園を追放されたとき、きっと若い元気な天使たちが申し合わせて、この世の土にその木を植え替えたのだ。美しい小さな赤い実。

この物語が恐ろしいのは、美しい風景を描き、少年の心に丹念に沿う、その同じ丁寧な筆致で、裏切りやスライマーンの心に潜む醜い部分を容赦無く描き出すところ。大人に思うように顧みられないスライマーンは、幼い思いからとはいえ、時に致命的な誤りを犯す。また、父に対する人々の批難や、母の擁護も実に痛々しい。リビアがとる人民主義の現実が父を苦しめ、イスラーム圏であるリビアの慣習が母を苦しめた。そして、子供は親とは無縁ではありえない。

そうして、あの夏を回想するスライマーンの心に残る空洞。結果として祖国を捨てることになったスライマーンの心には、母国リビアが消えた分だけの空洞が残る。

ぼくたちはなんとたやすく、軽々しく、架空の自分を手に入れてしまうことだろう。そうすることで世間を欺き、もし余計なことをせずにいたらなっていたはずの、ほんとうの自分を欺いているのだ。

終章、二十四歳になったスライマーンは、エジプトの都市アレクサンドリアで、陸路でやってきた(リビアでは国際線の運航が禁じられている)母に再会する。年を取った女性を探すスライマーンの目に飛び込んできたのは、白髪ひとつなく、まるでこの街に初めてやって来た少女のような母親の姿(彼女がスライマーンを生んだのは、十五歳の時。彼女がスライマーンをカイロに送り出したのは、二十四歳の時)。

これは少年、スライマーンの物語であるのだけれど、窮屈な世に生きたほんのちょっとだけ自己主張が強かった少女、ナジュワの物語でもある。終章、二人が再会を果たすところ、途中まではすっごい苦しい読書だったのだけれど、ぱーっと光が差すような気分になった。スライマーンの心の空洞、埋めていけるといいな。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

■メモ■
・リビア(Wikipediaにリンク
←2004年に国名が変わっていたのですね。
 「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」の外務省のページにリンク
・トリポリ(Wikipediaにリンク
・イスラーム文化圏では、結婚して長男が生まれると、その名がマスードの場合、妻は「マスードの母」という意味でウンム・マスード、夫は「マスードの父」という意味でブー・マスードと呼ばれるようになる。
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米村 圭伍

退屈姫君 恋に燃える (新潮文庫)


えーと、前作にあたる「退屈姫君 海を渡る」は、覚書をしたためる前に図書館に返してしまったのだけれど、そこは米村さん、心配はいりませぬ。ちゃーんとちゃんと、「これまでの流れをざっとご説明」してくださいます。

そんなこんなで、おさらいを終えて。さて、こたび、またしても退屈で死にそうになっていためだか姫を助けてくれたのは、風見藩の藩士にして、将棋家元である伊藤家の門人、榊原拓磨の身分違いの恋。榊原拓磨は、藩命を掛けた将軍家との賭将棋を控え、この江戸で将棋に打ち込む日々を送っていたのだけれど、何の因果か横隅藩の末姫、萌姫に出会ってしまった!

めだか姫は、この若い二人に手を貸すのだけれど、たかが色恋沙汰というなかれ、そこはあのめだか姫の目を輝かせただけのことはあり、やはりこの恋はまたしても天下の一大事へと発展する。さて、若い二人への横やりを首尾よく抑えて、めだか姫は二人を幸せに出来るでしょうか? お馴染みの面子を巻き込んで、めだか姫の策略はこたびも冴える!

このシリーズを読んだ時に、この姫君は誰かに似ている、と思っていたのだけれど、今回は特に『姫若天眼通』(各大名家の姫君若君の出来栄えを記した細見。ちなみに、めだか姫の番付は極々大凶の褌担ぎもしくは天眼鏡(むしめがね))なるものが出てきたり(これは流石に眉唾だけど。笑)、和歌を贈り合ったり、実家の陸奥磐内藩の姉姫の名を騙ったりするところ、時は平安の琉璃姫(@「なんて素敵にジャパネスク)を思い出すのでした。

あと、お仙の兄、幇間の一八といえば、「本多髷」の一八と「本多髷」が良く枕につくのだけれど、杉浦日向子さんの「一日江戸人 」のおかげで「本多髷」が分かりましたー。つーんと細い本多髷、ずいぶん傾いた髪型だったのですねえ。

そしてそして、米村さんといえば、男を押し倒すたくましき女性たち(笑)。めだか姫お付きの諏訪にはまぁ慣れたけれど、めだか姫の姉姫たち、猪鹿蝶三姉妹(シスターズ)は、しかししかし、怖すぎですよ。

■過去関連記事■
風流冷飯伝 」/風見藩が冷飯ども ←本シリーズ
退屈姫君伝 」/めだかの姫さま、活躍す ←本シリーズ

錦絵双花伝 」/虚と実とそして・・・ ←繋がってるけど異色
影法師夢幻 」/それは大いなるゆめまぼろし? ←微かに繋がってます

目次
 みたびはじまる
第一回 諫鼓鶏(かんこどり)告ぐは天下の一大事
第二回 秋空に舞いし扇は恋の花
第三回 煩うて恋する姫は雪兎
第四回 歌会は珍歌下歌(ばれうた)乱れ飛び
第五回 姫ならで妖魔に夜這う菊月夜
第六回 忠臣の血潮が守る命駒
第七回 道行の闇に揺れるは白き足袋
第八回 信長は二色の石を握り込み
第九回 大汗の家元負かす泣き黒子
 これにて幕間
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