お恥ずかしくも14年、
うつ病やら人格障害やら不眠やらで精神科にかかり続けた私…。(きちんとした診断名はずっと知らされず)





今考えてみれば、根本的にあるものが
「愛着障害からくるもの」
なんだろうけど、

(なんでこんなわかりやすくて根本的な事を誰も教えてくれなかったんだろう?)

原因がわからなくて、
随分遠回りをしてしまった。







今といえば、
もう精神的には行かなくて大丈夫です。




少しずつですが、五年前くらいから通院ペースをあけはじめて、




妊娠をキッカケに断薬。



出産前後の四年前から、2ヶ月に一度のペースになり、(いっとき産後うつひどかったけど、ペースは変わらず、漢方でなんとかなり)



2年前からマイスリー(導入剤)だけもらいに行くように移行。



それなら近所の内科で出してもらえるなと気づき、一年前にようやく長かった精神科生活卒業!!!です。





ここに至るまで、とにかく色んなことがあったし、
(リアルにこんな短い文章じゃ伝えられないほど…)、
まだまだ私の中で解決していない問題もたくさんあります。





はじめてかかった病院から五つくらいは病院が変わったし、
一時は記憶が飛んじゃう恐怖が強く出て、しばらく山奥の精神病院に入院したこともありました…。
(12年も前のことになったと今更ながらびっくり)




もちろん、
薬で改善することも大事だったのだろうけれど、やっぱり薬ではどうにもならない問題が多いし、
結局のところ、
向き合わないことには解決できない問題なんだろうなと思います。




精神科はわたしにとって、
「薬をもらいに行く場所」でしかなかった。




短い診療時間の中で、
症状を伝えて、
別にアドバイスをもらうわけでもなく、
共感してもらえるわけでもなく、
分析してもらえるわけでもなく、


居心地の悪い沈黙から逃れたくて、
迷惑をかけたくないとか、
嫌われたくないとか、




精神科に行ってるのにかえって先生に気を使うこともあったし(笑)、
今にして思うと結局、病院のドアを潜る前と帰りとで、楽になったと思えることはただの一度もなかった。



これ、わたしの勘違いなんだけど、
病院って適切な診断と薬を処方してもらう場所であって、救ってもらう場所ではないということなんですよね。




カウンセリングもなんども受けたけれど、
腕時計を置かれてオウム返しというのは、私には適切ではなくて、



どちらかといえば、
共感とアドバイスが欲しかったなとか、
わたしに向いている対応は違いました。






親子関係など最初にびっしり紙に書いたりするけど、
それについて掘り下げる訳でもなかったからかな?




救ってほしくて精神科にかかること自体が間違いだったのかもしれません。




それは、今の多くの日本の精神科医療には難しいと思うのです。



こんなに苦しい疾患なのにね。




でもどちらかといえば、
マッサージに行ってコリをほぐしてもらう方が余程スッキリできるというか、




身体と心って、
気の流れって一つに繋がっているから、
漢方薬で自己治癒力を高める方が改善に繋がるという東洋医学の方が私には合っていたのかも。
(と気づいたのがわずか一年前です)



正直なところ、病院の先生には
寄り添って欲しかったし、
救って欲しかったけれど、
それは精神科の役割ではなかった。という事なんだよね。





愛着に問題があるのなら、
すごく苦しいけれども過去と向き合わないとダメだと思うのです。



途中しんどくなるので、
自分のペースで休憩を挟みながらでも。




この作業の中で、他の人の話を聞くことも、とてもためになるんだけど、
元気な人(愛着に問題のない人)は結構無責任に
「周りのことなんて考えるな」とか
「捉え方がマイナスだからよくない」
「変に障害だとか病名をつけるからおかしくなるんだ」
って道を修正しようとするんだけど、
悩んでる私側からの正直な気持ちは、
それもまたちょっと違う〜と思ってて。



そもそもそれができてたら苦労してないのねーっ(笑)!!!



できないから、どうしたらいいか苦しんでるのがこの愛着障害なのねーっ!!





だから、自分に全て委ねられてるという意味で、
大変な状況だなとよく考えます。
(今悩んでる方がいたら、間違いなくあなただけのせいじゃないって声をかけてあげたい…)



私もまだまだ回復途中ですが、
精神科は行かなくなった身として…
私なりの向き合い方も少しずつ書いていけたらいいなぁ〜と思っています。




本当は、私みたいなのを救ってくれる場所が増えてくれたら一番良いのだけれど。


紡。