我が家は29日から冬休み。

初日は天気が良かったので、家族全員で少し遠くの公園へ行きました。途中でパンや惣菜などを買い込みます。我が家は長男がいれば真冬でもピクニック(外食が難しいため)。

冬に公園のベンチで食べている人ってあまりいないのね、みんな食事の前か後に来るから泣き笑い


その公園は、3年前に行ったところ。ちょうど長男に『知的障害を伴う自閉症』と診断が付いた頃でした。

2歳半の長男はまともに遊具で遊べず、枝や枯れ草をひたすら口に入れていた時期で。次男もまだ赤ちゃんで、ベビーカーをものすごく嫌がっていたっけ。


我が家はとても浮いているように思え、子どもの障害を受け入れなきゃいけないと頭では分かっていても、あまりにもつらくて。他の親子が遊ぶ姿を見ながら、もうこの世界のどこにも居場所はなくなってしまったかのように思えました。



時が経つのは早いもので、長男と次男はまもなく5歳半と3歳半になります。

長男は滑り台の逆走や座り込みなど危険行為をするおそれがあったり、他の子との距離感がうまく取れないため、大人がピッタリついていないといけないことは変わらず。

でも滑り台やつり橋などのある複合遊具や動物のスプリング遊具などで用途通りに遊べるようになりました。公園では異食はほとんどなく、草や枝に執着する様子も見せませんでした。

ちなみに次男は見守りと声かけだけで遊んでいました。定型児って楽だ…


そのうち遊具は飽きてきたようで、散歩道を歩きながらクルクルと楽しそうに回っていました。あまりにも回りすぎて自分も目を回していたけれど、回復するとまたクルクル、そして手をヒラヒラ。

一度何かにイラついたようで、次男を押したあと私を引っかいてしまったけど…一回だけだから良しとするか。


やはり周りと見比べると奇行が目立つけど、つらくはなかったかな。公園を堪能している子どもたちの楽しそうな姿が嬉しい、というだけでした。

そして、浮いていると思うのも、居場所がないと思うのも、私の気の持ちようだったんだなと改めて思いました。みんな、別に私たちのことをそれまで気にしてないし(笑)

それだけ、3年という年月は私の考え方を変えたのだろうな。


受け入れないと生活できないくらい障害の重い長男の存在がある限り、私はもう元の価値観には戻れないだろうな。

失ったものはたくさんある。

諦めたこともたくさんある。

公園で遊ぶ親子を見て、遠い世界に感じることは変わりません。

でも、代わりに知ることができた世界もある。今は良いことなんかないように思えても、月日がその価値観をまた変えていくはず。だからいつか、得たものもそれなりにあったな、と感じる日が来るかもしれない。そんなことを考えた公園遊びでした。


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今年も終わりですね。

長男の他害やメンタル不安定、そのため飲ませ始めた薬が合わなかったり、児相の一時保護を勧められたりということもありました。今も波がある感じ。

そして何より介護していた義父が亡くなったこと、私と旦那がうつ病になったこともあって割と厳しい一年だった印象。

それでも、家族4人とも大きな病気や怪我をすることもなく大晦日を迎えることができて、本当に良かったです。



ブログを通してたくさんの方からも応援や共感をいただきました。紛れもなく大きな支えとなっています。つたない個人ブログですがいつも読んでくださっている方々、いいねやコメントやメッセージなどをくださる方々、本当に感謝しかありません。

ありがとうごさいました。


皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。