お盆です。実家に帰りました | 人間と地球と文明と哲學

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私の夢「地球そして宇宙を、生命・命の楽園、愛と感謝、勇気と智慧、創造と學びの場とする」を具体的に表現する手段の一つとしてブログ始めました。

一昨日(8/11)実家に帰りました。
母は90歳、一人で生活しています。


姉も来ており、ちょうどNHK連続テレビ
「ひよっこ」の田植えのシーンで、


母が父の実家(農家)に嫁いで、
姉たちを育てていたころの、
姉の子供の頃の記憶の話やら、
その頃の人々の現在の話やらで
盛り上がっていました。

 
姉は、それから、しばし無言の後、
「オマエの事は今でも許せないんだよ・・」、
と言う前置きをして、父が亡くなり


相続手続きが終わるまでに
私がした言動に対し


いかに姉たちや母が心を痛めたかを
吐露してくれました。
 

その頃の私は、目を吊り上げ
鬼のような形相で、亡くなった父以上に、
姉たちや母を、怖がらせたそうです。
父さん、姉さん、母さん、本当にごめん。
 
 
実家を出た後、父の墓のあるお寺に寄り、
父の墓前に花を生けて線香をたき、
感謝と一年後の自分を念じてきました。
 
 
帰りの電車で、
「そう言えば、自分の進路を決めるときは、
父に反抗して今の自分を勝ち得ていたんだなぁ」、と、回想してました。


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高校を決める時、
父の勧めの麗澤高校を推薦状まで貰いながら、
蹴って、別の高校に行きました。

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大学入学の時は、
「『大学に行かせない!店を継がせる!』
と憤慨してた父を、相談先の〇〇先生が
なだめ説得するのに大変だったんだよ」、
と、姉が打ち明けてくれました。

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その代わり、大学を卒業したら、
実家(ガソリンスタンド)を継げと
言われていたので、


渋々従ったが、どんなに自分に
言い聞かせても、辛かった。


将来の展望を描いても
暗い苦しい未来が見えるだけで、


屈辱と、見えない鎖につながれている
自分を感じていました。

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7人の社員、24時間営業の睡眠不足、
深夜のタクシー洗車、50人のアルバイト、
夏の炎天下、脱水状態になって倒れるほど


延々とこなす車の水垢落としとワックス磨き、
年末、毎日500台を超える洗車、過酷な労働、
私にはとてもガマンできない、


「待機」、と言う精神、雨の日、
何もやることのない従業員を抱えるみじめさ、

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17年後、ガソリンスタンドを他社に引き継ぎ、
自分は社長職を解かれることを聞いたときは、
内心、飛びあがって喜びました。
「やっと、やっと自由になれる!!」

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父が亡くなり、遺書が出され、
私は遺留分以下と分かり、


17年間のスタンド貢献と
自分の存在を認めてもらうことに
躍起になりました。


小さい頃に大事にしてた
猫を捨てられた記憶もあり、


「オレは猫みたいに捨てられる人間じゃない!
この世に貢献できる価値ある人間なんだ!」、
と言いたかったのです。

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過去だったら、自分の事を、
「親の通りに従った頼りないやつ」、
と自己評価し、


反抗心を抱く後ろめたさに、
自分を責めてたのかも知れません。
 

とんでもない!、
褒めてやりたい!
 

やったことは未熟で1つ1つは
改善点あるけれど、


「なんてスゴイことをやってきたんだろ!」
と、自分の事を褒めてやりたい!
自己評価を高くした!
 
 
今、次の自分の進路を決める時です。


もう、昔のように、父に反抗したり、
責めたり、出来ない理由を他人のせいにしたり、自分を制限する理由がありません。


父( =自分のインナーチャイルド)の望みが
自分の望みでもあり、


私をこの世に生かした
生命の究極の目的でもあるのだから。
 

だからと言って、肩ひじ張って
怒りながらやる内容でもありません。
出来なければ、出来る人間に託すか、
出来る未来に託せば良いのです。
 

だから、伝える力はとても大事です!
 

私の究極の目的は120歳まで
快活に生きること、、かな。


そして妻や子供たち、友人たちに
暖かく看取られながら、


「俺は充分この世界に貢献できた!
みんなのお陰だよ!ありがとう!」
って言って、新たな世界へ旅立つんだ。


ギネスブックに載るだけでも
人類に貢献できる!

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実家に帰って、母や姉たちと話せて、
ホントに良かった!