女川臨港線と女川駅構内の遺構について
※このネタは長いです!
タイトルは堅っ苦しいですが、久々に見てきましたよ~的な感じで散策してきました。
あいにく当日は天候が超のつく曇り具合ですが・・・・・でもまあ見てくんなまし(・ω・)/
女川駅は誰もが知っている石巻線の終着駅なわけで、駅舎の造りは開業当時の1939年10月7日から変わらずで、渡波駅と同じタイプです。当時と比較すると駅前広場は完全にリニューアルされてますがね。日中は駅員が居ますが、JRの委託駅員の在中となります。
1日の平均利用客は350名弱で、通勤通学客はもちろんだが、週末は観光客の利用が意外に多いのは観光地女川の特権であろうか。近年駅に隣接する敷地に温泉が湧いたことにより、ゆぽっぽという温泉施設が完成し、水産漁業メインの女川が、温泉もある水産漁業観光地として遠方からの誘致に積極的である。
そんな女川駅ですが、以前は廃止される1980年8月1日までは、駅の脇から女川魚市場まで臨港線がありました。又、臨港線廃止とほぼ同時期に、駅構内にあるターンテーブルが撤去されました。又、その数年後には、隣接する町の施設の生涯学習センターと駐車場の建設により、最後まで残っていたSL用のアシュピットも撤去され今日に至っております。
今回はその遺構が現在はどうなっているのかを調査してきました。結構色んな方が調査してますが、今回はけいじゅ的の視点で調査してレポります(笑)
▲現在の女川駅。構内はいかにも終着駅っぽい頭端式のホームです。
▲やる気やる気のない車止めががいい雰囲気でしょ?
▲一応機回し設備は健在ですが、C11入線時は使用しませんでした。
まあ機回しを使わなかったおかげでC11のケツ向き牽引が見れたのと、DE10が石巻よりも東側に入線してくれて入替作業が女川駅で見れたからいいんですけど、あるなら直して使えるようにしようよ!JRさんっ!!!
▲開業時の女川駅です。(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲まずは昭和50年の女川駅の配線です。ターンテーブルとアシュピットと臨港線の線路が見えます。
▲これはC11が臨港線から貨物を牽引してきたところです。 (石巻地区視聴覚センター所蔵)右手前の線路は石巻方面への本線で、もう1本右手前に延びている線路の先がターンテーブルになる。
▲現在は不自然にスペースがありますが、臨港線跡でバラストも残っている。C11運行時はここに石炭を積んだトラックが常駐し、石炭の積み込みが見られた。
▲臨港線の踏切があった付近より。若干臨港線の線路は下って延びていました。
▲駅側より踏切があったポイント。
けいじゅが小学生の頃ですが、ここに踏切があって線路がある光景はなんとも衝撃的でしたね~駅前周辺は昔ながらのコチャコチャした町並みだったので、あの当時に戻れるなら写真を撮って、レムを牽引するDE10を見たいですね~(ド●え●んが居てくれたらな~)
▲線路跡は現在遊歩道に整備されている。
▲このギリギリのスペースをC11に始まり、DE10と貨車が走っていたなんて~(´∀`)
▲踏切跡から市場方面を望む。ここはたしか以前は第4種だったはず。
▲市場に出るまで4箇所の踏切を通ります。現在は国道398号線で、当然ここにも踏切がありました。
▲漁協施設裏にあたります。隣に見える木は桜ですが、DE10が走ってた頃を見てたのかな?
▲漁協施設裏の踏切跡。こういう遺構は萌えますね~(´∀`)
▲駐車場を突き抜けて臨港線が通ってます。
▲ここは踏切跡っぽく見えますが、当時は踏切はなく簡単なガードレールで仕切られていました。
▲ちょうどこの場所に海産物を販売する売店が5~6店舗ひしめき合っていて、けいじゅが子供の頃親によく連れられて来てました。親が買い物している間に、DE10の入替を見たり、線路を探検したりしてました。
▲臨港線で唯一のガーター橋があったところで、今でも橋桁が残存する。
▲当時は海水面と接していたので、貝殻などがかなり付着していて、相当傷みがひどかったのではないかと思います。この辺の海水臭いです(((゜д゜;)))
▲この建造物の裏側に、旧魚市場があり2本の側線がありました。道路に沿った線形で本線が走っていた。
▲ちなみにこれは臨港線の開通式の写真(石巻地区視聴覚センター所蔵)
写真に見える建造物が旧魚市場と上屋で、上屋に沿って2本の側線が確認できますね。
▲C11が停車している線路が本線にあたる(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲この魚市場前を過ぎて、現魚市場前あたりから本線が合計4本になりヤードとなる。4本となった留置線は2本になり終点まで伸びているのが確認できる。
▲ヤード側から旧魚市場を望む。(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲現在は面影も全くないヤード跡。
▲当時はこんな感じで入替の合間に休憩をしていたそうです。(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲廃材やら資材やら駐車スペースとなっている。ちょっと複雑な気分( ̄□ ̄;)!!
▲半分は空き地になっているが・・・女川みなとまつりの時は臨時駐車場になったりします。
▲ちょうど線路の本数が変わるポイント付近(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲やっと遺構がありました!古枕木使用の柵です(´∀`)
▲今でも撤去されずに残っていた事がメチャクチャ嬉しい:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
当時この終点付近には、臨港線が廃止になる間際だったんですが、不要になった貨車がかなり留置されており、なんのゆかりもない自動車運搬用のクムとか、木製のトキやチップ用のトラなどがボロボロで留置されてあったのが印象深かったですね~。
今考えるとその貨車達は、塩竈港駅で解体されたと思いますが、当時は塩竈港駅の貨物は盛んだったはずですので、留置場所に困り女川へ疎開させてたのではと勝手に推測。石巻線内をそんな貨車が走っただけでも凄いことですよね~(゜ρ゜)
臨港線はこの辺で終わりにして、戻って女川駅構内の転車台跡とアシュピット跡探索を・・・
▲2つ目のC11が石巻線にいたなんて凄いですよね!C11の脇を見ると線路の分岐具合がわかります。
(2枚とも石巻地区視聴覚センター所蔵)
ちなみにこの2つ目のC11-210号機は北海道から小牛田に転属してきたカマです。本州で北海道使用のC11を見れたのは石巻線だけだそうです。
▲女川駅構内のターンテーブルですよ!手動ですが・・・撤去しなくてもよかったのに(-з-)
(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲▲ちょうどこのポイントを境にターンテーブルとアシュピットに線路が分岐していた。ポイントの脇に小屋も確認できる。
▲信号から手前に駅方向に沿ってアシュピットがあった(現在は駐車場)
(※アシュピットとはSLで石炭を燃焼させた時に出た燃えカスを落とす場所)
▲現在はターンテーブルがあった場所は公園になっている。
▲当時の遺構でしょうか?C11が映っている当時の写真にも映ってます!ポイント信号の足元に古枕木の柵が写ってますね。(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲唯一当時のまま残るのは、現在の構内配線と機回し線、ホームとホーム上屋が当時のまま。風の噂で聞いたのですが、女川駅舎とホームと上屋をリニューアルするとかしないとかの噂が出ているようです。万が一事実だとしたら撮影できるのもあとわずかですかね?
▲当時の女川駅で、旅客もC11牽引の旧客だった模様。なんでも稀にC58が牽引していた客レもあったらしいです。あくまで転車台が存在していた期間だと思いますが。(石巻地区視聴覚センター所蔵)
▲念のため女川トンネル入口まで調査しました。トンネル手前の小川に架かる橋?コンクリート橋?のデザインが往時を忍ばせます。
▲ここの斜面には桜の木が数本生えています。春は最高の写真が撮影できそうです(´∀`)
▲ちなみにケツ追いですが、只見線と言ってもわからないかも(笑)雰囲気似てません?俺だけか?
と、探索はこれで全部です。
なんとなくは伝わりましたでしょうか?
これからは撮影にはもってこいの季節になります。
自分の足で探索するのもいいかと(^ε^)♪
けいじゅは昔から女川が大好きです。
だからこんなネタを持ってきたのもありますが。
大好きな石巻線と女川駅の歴史を他の方にもぜひ知ってほしかったんです。
今は石巻線にC11時代の遺構は殆ど残っておりませんが、こんなプチ廃線探索もいいと思いません?
実際にその場で妄想するんですよ、昔はここをこんな感じで走ってたのかなぁとかネ
全身で歴史を感じるというのはいいことだと思います。
次回は石巻臨港線跡でも探索しましょうかね?
ちなみに今年も石巻線をC11が走るそうです。
そりゃあんだけ経済効果あったんだし、なんつっても宮城DC本番ですからね。
近隣で、石巻線以外でも何路線か走るみたいですね?
公式の情報じゃないんで、詳細は各自自己責任で調べてください。
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。













