さて、

顔だけきれいにしたところでどうにもならないが、とりあえず化粧をする事になった。 

この女にとっては久々の化粧である。干からびたような、口紅をさし、かろうじて残っていた黛(まゆずみ)で眉を引き、次に試供品のクリームをぬった。

もうこれだけで、一歩女性に近づいたように、この女は思った。

化粧とは「ばける」と言うが、実にその通りだ。

口紅を引いただけで、これほどの自信。

可愛い性格とも言える。

いや、素直な性格と言ったほうがよいかもしれない。

また、この「自信」も女性を美しく見せる大きなポイントに違いない。

次に、この女は考えた。

・ ・・・・メガネをコアンタクトにするとイイ線いきそうだ・・・・と

しかし、そんなお金があるはずもなく、アッサリと諦(あきら)めた。

太った身体は今すぐには、どうにもできないので仕方もないが、もっとひどいのがその髪型である。

伸び放題のぼさぼさの有様(ありさま)で、それを輪ゴムで束ねただけ、と言う今どき見かけない髪形だ。

この髪型だけでも、男も女も寄ってこない。

これをどう解決するか。

美容院にゆくのが一番いいのだが、水道も電気も止まるような状況なのでそんな金があるはずも無い。

しかし、女は考えた

例え考えたところで、最後には「金がなければ仕方が無い」と言う結論に行き着くのだが・・・

それでも、考えた。

その熱意がどこかに通じたのかも知れない。

美容院のことをぼんやり考えているうち、終に思い当たった。

若いときに美容院に勤めていた友人のこと。

彼女だったらやってくれるかもしれない。

記憶では近くに住んでいるはずなのだが住所がわからない

古い年賀状を頼りに探すと、電車で数分、歩いて一時間ばかりの所に住んでいることが解った。

ここ数年、彼女との付き合いは無いが、互いに忘れ去っているわけではないので、年賀状の電話番号に電話をする事にした。

太って丸々とした太い指が携帯のボタンをより小さく見せているが、女はそれをゆっくりと押した。

呼び出し音が鳴るばかりでなかなか出ない相手にイライラしていると、ようやく、「はい」と、低い声が聞こえた。


「私だけど、わかる?」と、この女は話しかける

「わかるよ、どうしたの」

「そっちこそ、どうしてるの、久しぶりだね」と友人

「元気なさそうじゃない」

「いろいろあってさ」と友人

「別れたって聞いたけど」

と、長電話になってしまったが最後に用件を言うと「いいよ」と言う返事が返ってきた



                          つづく





ツルギ


粗末な服を着て、化粧というものに興味が無い。

身長は170センチを超え、体重、およそ110キロ。

目も鼻も、顔の肉に埋まっている様子は、決して可愛いとは言えない。

歳は27を過ぎたばかり。

見た目の悪さもあって、拾ってくれる男も現れず独身である

一年以上も前に、衣料品関係の一流企業を辞めた

理由は、いじめ。

会社のイメージが下がると上司に言われ、いびり出された

金もなく、親とは早くに死に別れ、兄弟姉妹も無い

言ってみれば、天涯孤独、そのものである

今の状態を簡単に言えば、貯金は使い果たし、今日にも、ガス電気が止められる状態。

できれば生活保護でも受けたいと思っているのだが、

親の残した家が大きな財産としてあるので、それも受けられない。

受けられるとしても、若い女がすることではない。

ここに至って始めて、この状況から脱出することを考えなければいけなくなった。

つまり、それまでは何とかなるだろうと考えていたのである。

この女にとって自分で考えるという動作は、今回が初めての事なのだ。

今まで流されて生きてきた、と言う事かもしれない。

その反面、身のほど知らずにも、心の中では社会に尽くす人間になりたいと思っている。

しかし今の状況では、それを人に伝えることもできない。


この状況から抜け出すために、自分を改造しなければいけないと感じるのは当然である。

この女の今の外見では結婚も出来ず、仕事を手にする事も難しい。

化粧をしてきれいになって、男からも女からも好かれるような人間になりたいと、この女は思うようになった。

会社でのイジメでかなり心を傷つけられてはいるが、最近では、自分にも原因があったと思い返している。

この感じ方は、この女の良いところかも知れない。

鏡に向かって化粧することもなかったが、「こんな姿では男に好かれるわけがない」と、しげしげと自分を見つめて考えた。

・ ・・こんな醜いデブの大女を好きだといってくれる男がいるだろうか・・・

・・・・道行く人さえ、あきれたように私を見てしまうほどなのに!・・・・

自分を見つめれば見つめるほど、わけもなく怒りが湧き上がり・・絶対痩せてきれいになってやる・・・と、心の中で叫んだ。

このことも、この女にとって人生で初めての積極的な感情である、いや、積極的思い付きと言ってよい。

早い時期からこの積極さがあればと思うのだが・・・・今言っても仕方の無いことだ・・・



この女は、

「人に好かれるためにはきれいでなくてはいけない」と単純に考えた

次に、

そのためには化粧をするのがよいと思って鏡の前に腰を下ろした。

しかし、その前はゴミ箱状態であり、化粧品らしきものは無い。

そのかわり、化粧とは関係のない本や雑誌がうず高く積まれている状態だ。

それを、不器用そうな手つきで整理し、何とか鏡台らしく回りも整えた。

それから、おもむろに、太った身体をゆすりながら、引き出しと言う引き出しを探し回った。

その結果、

ようやく、干からびた口紅や化粧品の試供品を、幾つか見つけ出した。

こんな些細(ささい)な事にも勝ち誇ったような笑いを浮かべるくらいだから、

如何に毎日を退屈に暮らしていたかが分かる。

こんな物が二,三個見つかったぐらいでは何の状況の変化も無いのだが・・・

しかしこれが思わぬ方向へ展開する。

人生はわからないものだ!


                           つづく