今日でちょうど死産から1ヶ月です。

子宮内胎児死亡を告知され入院した日は、
雲ひとつない青空でした。
退院日と火葬の日は、しとしと雨でした。

ですが、死産の日の天気は
いくら考えても思い出せません。
個室でカーテンの開け閉めは自由にできたはずなのに。

経緯をブログに綴ってきて
だいぶ落ち着いたと思ってはいますが
まだ記憶に蓋をしている部分があるのかもしれない。
それか、死産の日は天気どころじゃなかったのかもしれない。
赤ちゃんが生まれた日の天気、
覚えておきたかったなぁ。
(長女のときは快晴でした。)


今日は、死産後の身体の状態について書こうと思います。

入院中は感染症もなく
産後の回復は順調と言われていました。
退院して最初の1週間は、
悪露も多くとにかくしんどくて
ほとんど横になって過ごしました。
身体は動けないのに眠れない、心は休まらない、
つらかったです。
長女は保育園や祖母の家で過ごしたりしていました。

2週目、悪露も少なくなり少しずつですが
動けるように。
長女とも遊べるようになってきました。
近所に外出して用事をすませることも
できました。

ところが、その外出の翌日に
突然39度の熱が出ました。
死産からまだ2週間だったので
念のために産科に連絡して受診すると、
血液検査の結果は軽い感染症とのこと。
抗生剤と解熱剤を処方してもらいましたが
2日寝込みました。
まだ身体は回復途上なんだなぁ…と思いました。。

その熱が下がって数日後、
全然眠れずに迎えた朝。
気持ちの面で崩壊しました。


娘が泣くのも、赤ちゃんが死んでしまったのも、
全部私のせい。私が悪い。
ごめんなさい。
どうか寝させて、休ませて、
ゆっくりご飯を食べさせて。
全部私が悪いのはわかったから、なんでもするから。
ごめんなさい。


ちょうどその日は夫が仕事を休めず
ほかに頼れる人もいなかったのですが、
そのことすら

私が悪いから、私に何かが足りないから
助けてもらえない。
全部私が悪い。私のせいだ。

本気でそう思いました。


結局この日は長女と2人で1日過ごしましたが、
どう乗り切ったのか思い出せません。

この様子を見て夫がさすがに心配して
私の母にヘルプを頼んでくれ、
その後数日助けてもらいました。

長女の時も産後2週間ほどの頃に
「この子がおっぱいをうまく飲めないのは私のせいだ」
となったことがあるので、
今回もいわゆるマタニティブルーだったのかもしれません。

さすがに自分でも自分の状態がまずいと
自覚はあるけれども
どうしようもない。
翌日1日完全に休ませてもらって回復し、
今まで順調なので
あの日が底だったと思いたいです。


産後3週間ほどで、産科の診察がありました。
エコーで子宮と卵巣を見たところ異常なし。
出血もほぼ止まっていて問題ない。
メンタル面ではほかにサポート資源があったこともあり、
産科は卒業ですと言ってもらいました。


生理を一回見送ったら身体としては
次の妊娠は可能。
現時点で私や夫が特段ハイリスクとは考えられないので、
次妊娠したら、その時の状況に応じて
出生前診断の適応になる可能性もある。

体重がずっと少ないことについては、
落ち着いてからでいいから
甲状腺の検査をしてみてもよいとの
ことでした。

この先生に診てもらえてよかった。
今でもそう思っています。


そして産後4週目は、だいぶ身体も軽くなり
外出もできるようになってきました。
久しぶりに友達に会ったり、
保育園の先生方に挨拶をしたり、
職場に復帰日の相談をしに行ったり。

まだ夜があまりうまく眠れず
以前と同じ時間には起きられない
日中少しは寝ないともたない
体力面も戻りきってはいませんが、
少しずつ少しずつと言い聞かせて
周りにも助けてもらっています。


体調面では産後2週間後の高熱、
精神面ではその数日後のメンタル崩壊が底で、
それ以来はおおむね安定しています。

今後また落ち込んだり調子を崩したりも
あるんじゃないかなと思いますが、
少しずつ、少しずつ。


今日は赤ちゃんが生まれていたら
1ヶ月のお誕生日の日です。
おめでとう。ありがとう。