心が変わると世界が変わる
心が変わると世界が変わる と言われますが、
なるほどなあと思う話を聞きました。
ある町がありました。
一人の旅人がその町にやってきました。
町の入り口の門のところに一人の老人が座っていました。
旅人は聞きます。
「おじいさん、この町はどんな町?」
おじいさんは聞きます。
「あなたが今までいた町はどんな町でしたか?」
旅人は答えました。
「いやあ、前にいた町は嫌な人ばかりでろくな町じゃなかったよ」
「そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です」
また別の旅人が来る。
「おじいさん、この町はいったいどんな町ですか?」
おじいさんは聞く。
「あなたがこの前にいた町はどんな町でしたか?」
「私が今までいた町は、すばらしい町で、人々は親切で、
あんなによい町はありませんでした。」
「そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です」
実は、二人の旅人が来たのは同じ町です。
しかし、心が違うから、町も変わるということですから
心に、目を向けることが大切なのですね。
回りの人に感謝して、
自分の出来る親切を精一杯してゆきたいと思います。
なるほどなあと思う話を聞きました。
ある町がありました。
一人の旅人がその町にやってきました。
町の入り口の門のところに一人の老人が座っていました。
旅人は聞きます。
「おじいさん、この町はどんな町?」
おじいさんは聞きます。
「あなたが今までいた町はどんな町でしたか?」
旅人は答えました。
「いやあ、前にいた町は嫌な人ばかりでろくな町じゃなかったよ」
「そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です」
また別の旅人が来る。
「おじいさん、この町はいったいどんな町ですか?」
おじいさんは聞く。
「あなたがこの前にいた町はどんな町でしたか?」
「私が今までいた町は、すばらしい町で、人々は親切で、
あんなによい町はありませんでした。」
「そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です」
実は、二人の旅人が来たのは同じ町です。
しかし、心が違うから、町も変わるということですから
心に、目を向けることが大切なのですね。
回りの人に感謝して、
自分の出来る親切を精一杯してゆきたいと思います。
溶けないソフトクリーム
◇◆---- ┃ニュース┃ ----------------- ┃溶けないソフトクリーム┃ --------------◆◇ 日本海藻食品研究所が、金沢大学教授と共同開発した「おからペースト」を使用した、 パンやスイーツなどを販売するアンテナショップ「ヘルシーラボ」を本社隣にオープンしで3カ月が過ぎた。 開発したペースト「おからda元気」は、豆腐を製造する際に大量に廃棄処分されるおからを特殊製法でペースト化したもので、 おから本来の栄養分は残しながらカロリーを3分の1に抑え、保存も可能にした。 さらに同店では、「佛子園」(白山市)の協力を得ておからパンを製造するなど、「健康」「美」「エコ」「福祉」をキーワードに、 おからの幅広い使い方を発信している。 「溶けないソフトクリーム」(350円)は、おからペーストと米粉を配合することで、常温で1時間放置しても溶けず、 できたての姿をキープするもの。「甘さ控えめのさっぱり味」(同店)で、時間を追うごとに食感が変化する。 オープン後、「不思議」「子どもに食べさせやすい」と話題を集め、ソフトクリーム目当てに幅広い客層も来店するという。 そのほか、おからペーストを配合したドーナツ、ハンバーグ、コロッケ、フランクフルトなどの商品も多数販売。 低カロリーの「おから麺」を用いた「ラボサラ」も近日中に店頭に並ぶ予定。 同社営業部の内田涼人さんは「当社がこれまで培ってきた研究開発のノウハウを生かし、世の中にない新しいものを作り出していきたい」と意欲をみせる。 【金沢経済新聞】 時間を追うごとに、味が変わる!!! ぜひ、食べてみたいですね(@^^)/~~~ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★━━━…‥・ ■名歌を味わう■ ・‥…━━━★ 「省みよ 日に幾度も 省みよ 欲と怒りの 絶え間なければ」 “ねえねえ、知ってる知ってる?” こんなヒソヒソ話から始まるスキャンダル話。 根掘り葉掘り、延々と続くのは、面白がっているからだ。 人の不幸にニヤリとする、恐ろしい蛇のような心だろう。 我彼ともに口に悪を造り、心に悪を抱かせるから、こんな場には背を向けて遠ざかるべきだ。 スペインの格言にもある。 『あなたにゴシップを伝える者は、 あなたについてのゴシップを流す。』 自戒すべきこと。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
元禄時代
◇◆---- ┃雑学┃ ----------------- ┃元禄時代┃ --------------◆◇ 元禄時代、東京都中野区は東京ドーム20個分の犬小屋があった。 その犬小屋は「中野の犬屋敷」と呼ばれている。 「犬公方」の異名を持つ徳川綱吉(1646-1709)が1695年に設置した。 その犬屋敷は現代の場所で言うと、東は環状七号線、西はなかのZERO、南は大久保通り、北は早稲田通りまであった。 その敷地面積は最盛期で30万坪。その中には8万数千頭の犬が住んでいました。 その犬屋敷には囲いがあり、犬小屋、日よけ場、餌場、仔犬養育場などに分けられていました。 中野区役所には犬囲い跡を伝える犬像があります。ちなみにこの区役所がある中野4丁目の旧名は「囲町」。 綱吉の生類憐れみの令により、庶民が犬を飼わなくなり、野良犬が急激に増えたため、この犬屋敷が作られました。 生類憐れみの令はとても厳しいです。犬を蹴って島流し。猪を食って流刑。蚊を殺して切腹。雀を殺して打ち首。 綱吉が死んだら早速この法令は廃止されました。犬小屋も撤去。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★━━━…‥・ ■先哲ファイル■ ・‥…━━━★ 「この世をば わが世とぞ思う 望月の かけたることも なしと思へば」(藤原道長) 平安時代の中期、藤原氏による摂関政治の頂点に立ったのが藤原道長です。 30年間、絶対権力の座にあり、わが世の春を謳歌した男でしたが、栄耀栄華のウラにも、すでに無常の影がつきまとっていました。 晩年になると、娘の寛子、嬉子、妍子が相ついで死に、彰子は出家、彼自身も、ひどい糖尿病から視力障害を起こしています。 道長にとって最も恐ろしいのは我が身の死でした。 果たして、自分は極楽往生できるのか。不安はつのるばかり。 ついに名を行観と改め、仏道生活に入っています。 往生極楽の願望から、木像の阿弥陀如来の手に結んだ、赤青黄白黒の五色の糸に、必死にすがりついたほどでした。 最後は、背中にできた乳房ほどのできものに、医師が針を刺して膿を出すと、道長は大きな悲鳴をあげ、その2日後にこの世を去ったといいます。 まこと、人の命は、はかないものです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
