アキレス腱を切って2か月が経とうとしている。

 

その間に本当に多くの学びがあった。気付きもあった。それ以上にたくさんの感謝の気持ちが芽生えた。日常の“当たり前”に対する感謝、親切にしてくれる人々への感謝、この世の借り物だと言われる肉体一部一部への感謝、そして「早く怪我が治りますように」と祈りを送ってくれる人たちの優しさと思いやりに対する感謝・・・

 

たった2か月で、こんなにもたくさんの感謝を感じることができて、今は「足を怪我したことにすら感謝ができる」と本心で言える。事実、もしも神様が怪我をする直前まで時間を戻して、『アキレス腱を切らないで済む代わりに、この2か月間の気付きや学び、感謝は得られない世界』と、『アキレス腱を切ってこの2か月間と同じ痛みや不便、苦しみを強いられる代わりに、同様の素晴らしい経験が待っている世界』への扉を2つ用意してくれたら、迷うことなく後者の扉を選ぶと言える。

 

 

・・・そう思っていた。

 

けど、足の怪我をして2か月も経とうとしているのに、未だアキレス腱の治療を始めてもらえず、治療をする上で必要不可欠だというMRIの予約をようやく大晦日に抑えて3週間も待ったのに、検査の2日前になって突然、電話で「書類にサインをもらうのを忘れていた。その書類をメールで送るから、そこにサインをしてから改めてMRIの予約を取り直してくれ」と伝えられ、その予約がまた数週間先だと言われた時には、さすがに頭が真っ白になり、電話越しに声を荒げている自分がいた。これから更に数週間待ってMRIを撮り、それから専門医の予約を入れたのでは、足の治療が始まらないまま2月、ともすれば3月になってしまう・・・

 

これ以上、一体何が必要なの・・・?何を学べばいいの・・・?一体、何に気付けばいいの・・・?どれだけ我慢すればいいの?感謝がまだ足りてないの?でも本当に「ありがとう」って思えたよ?今まで気付かなかった日常の“当たり前”に対して「ありがとう」って思えたし、親切にしてくれる周りの人たちに「ありがとう」って言えたし、いつも頑張って働いてくれてる身体の一部一部にも「ありがとう」って伝えたし、足の怪我が早く治るように祈ってくれる多くの人たちにも「ありがとう」って心から感謝して、心から伝えた・・・。なのにこんな結果じゃ、せっかく祈りを捧げてくれた人たちに対して申し訳ない。こんな結果じゃ、せっかくの今までの感謝の気持ちもどこかに消えてしまう。

 

この気持ちのまま年を越したら、新たな時代の幕開けであり、ユニバーサルイヤー1の始まりでもある2026年に、負のエネルギーを持ち越してしまう・・・

 

 

そう言えば、PK-PNはいつも言っていた。

 

メールや文章でやり取りするなって。電話で話すよりも、きちんと相手の顔を見てコミュニケーションを取れって。メールや電話越しの話し合いでは変えられないことでも、人と人が顔を合わせて対話することで、現実を歪曲することもあるって・・・そういうエネルギーが生まれることもあるんだって。

 

今回の例がそれに当てはまるかどうかは分からないけど、大晦日の日、僕はその“エネルギー”の可能性に賭けて、サインをした書類を手に直接MRIの病院へ向かった。途中、何度も何度も頭の中で、受付でこう言われたら、こう言い返そう…こういう態度を取られたら、こう対応しよう…とシミュレーションを取りそうになった。けれど、負の妄想は負の現実を引き寄せるということ、そして『無』は光を生むのだということを幾度となく聞かされていたので、なるべく何も考えず、頭を空にするように努めた。

 

病院に到着したのは、当初予約をもらっていた時間よりも少し前だった。MRIの受付は病院の4階にあった。エレベーターを待っている間、まだレセプションが取ってくるであろう態度を勝手に想像し、それに対するシミュレーションを取ろうとしている自分がいた。しかしそんな妄想を頭の中から振り払い、何も考えず、何も期待せず、全ての感情を1階のフロアーに置いて、エレベーターに乗り込んだ。

 

4階に着くと、エレベーターを降り、松葉杖の音をコツコツと立てながらMRIのサインの示す方向に向かって歩いた。そして通路の角を曲がると、そこに受付カウンターがあった。受付カウンターに到着した時には、なぜか自分でも不思議なくらいに頭の中が無(ニュートラル)だった。だから何の感情も乗せずに、自然体でレセプションの女性にこれまでの経緯を説明できた。するとレセプションの女性は「まぁ、なんて酷い・・・」と同情してくれ、何度も何度も「そんな思いをさせて本当にごめんなさいね」と言いながら、コンピュータースクリーンを眺めてキーボードを打ち、そして「大丈夫。今日、これからMRI撮れるわよ。待ち時間もなく今すぐに診てあげられると思うわ」と言って僕に微笑んだ。

 

その時、僕の口から流れるように出た「Thank You」は、本当に気持ちの良い「Thank You」だった。

 

レセプションが言った通り、殆ど待つこともなく待合室に男性の看護師が入ってきた。彼は僕を見ると「あ、ちょっと待ってて」と言って、奥の方から車椅子を持ってきてくれた。僕が「いや・・・自分で松葉杖で歩けるので大丈夫です」と言うと、「今日はNew Year’s Eveなんだからいいじゃない」と笑って、僕を車椅子に座らせて検査室に連れて行ってくれた。

 

またその時に僕の口から出た「ありがとう」は、今までに感じたことがないほど心地好く、自分の体の隅々に染み渡った。

 

それから検査室に技師が入ってきて、初めてMRIを受ける僕が不安じゃないように冗談をまみえて説明してくれたり、終わってからもこれから専門医に会うまでの手順を丁寧に教えてくえれたり、検査を終えて待合室に戻った僕に、レセプションの女性が「また今後、電話で酷い対応をされたら、ここに直接電話するといいわ」と言って直通番号を手渡してくれた。

 

その都度、僕は「ありがとう」と言った。“言った”というより、「ありがとう」が胸の中から流れ出ていた。まるで雪解け水のようだった。それは『心』じゃなく、確かに『胸』から出てくる言葉だった。そして「ありがとう」が胸の中から流れて出る毎に、僕はこの上ない喜びを自分で感じていた。「Happy New Year! 」とレセプションの女性に送り出してもらった後も、松葉杖をつく僕にやっぱり人々は優しかった。エレベーターに乗る時も、エレベーターの中でも、1階に着いて出口に向かう時も、病院のドアを開ける時も、外で車を待っている時も、誰もかれもが本当に優しかった。

 

その頃には、もう僕は「ありがとう」を言うのが楽しみになっていた。

 

「ありがとう」が言いたくて仕方なかった。もっともっと言いたかった。まだたくさん言いたかった。

 

「ありがとう」という言葉を胸の中から出せることに喜びを感じて、「ありがとう」と誰かに言うたびに、自分の視界が滲んでいることにさえ気付いた。でも、それは人々の親切に触れたからでも、今まで大変だった分、みんなの優しさが心に染みたからでもなかった。そうじゃなくて、「ありがとう」という言葉を胸の中から出してあげられること、解放してあげられることが本当に心地好かったからだった。心地好くて、嬉しくて、もっともっと「ありがとう」を人々に言いたくて仕方なかった。

 

 

そうだよ。

 

人はね・・・いや特に日本人は、もともと「ありがとう」が言いたい人種なんだ。「ありがとう」と言うことで喜びを感じて、「ありがとう」と言うことで元気をもらっていた。「ありがとう」と言えることが嬉しくて、「ありがとう」と言わせてもらえることに感謝した。

 

「ありがとう」は日本人にとっての癒しだった。その言葉を胸の中から出せることで、自分の内を幸福感で満たせた。でもそれは感謝の「ありがとう」じゃないんだ。相手に対して伝える「ありがとう」じゃなくて、自分が言いたいから言う「ありがとう」なんだ。でも、それを発する機会が今は減ってしまった。

 

「ありがとう」を常識(マナー)として言う人、言わなきゃいけないと思って言う人、言った方がいいから言う人、言うのが当たり前だから言う人、礼儀で言う人、失礼のないように言う人、習慣として言う人、その場しのぎで言う人・・・もちろん本当に感謝の気持ちを感じて、心から「ありがとう」と相手に伝える人だってたくさんいる。それはとても素晴らしいことだよ。

 

 

でもね、キミがさっき感じたように、胸から出てくる「ありがとう」は違うんだ。感謝(伝えたい)と喜び(言いたい)は似ているようでいて違う。もちろんどっちも大切なんだけど、時代の流れの中で、いつの間にか喜びの「ありがとう」が日本人の生活から薄れてしまった。言いたくて仕方ない「ありがとう」を胸から出して、自分が喜びを感じる機会が減ってしまったんだ。

 

「ありがとう」は「ありがとう」でも、今言っているのは“自分のため”の「ありがとう」・・・自分が嬉しくて、自分が満たされて、自分が癒されて、気付けば自分が笑顔になって、時には目の前が喜びの涙で滲んでいるような「ありがとう」・・・。相手の優しさや思いやりに感動して滲む涙じゃなく、自分が「ありがとう」と言えることが嬉しくて仕方なくて、思わず滲んでいる涙なんだよ。

 

これから日本人は、もちろん感謝の「ありがとう」も大切にしつつ、喜びの「ありがとう」を思い出していかなきゃいけない。そのためにまずは相手に「ありがとう」と言わせてあげられる人にならなきゃいけない。自分が「言ってもらう(感謝される)」んじゃなくて、相手に「言ってもらう(喜んでもらう)」んだ。「ありがとう」って言えることが、みんな嬉しくて、心地好くて、もっともっと言いたくて仕方なくなるような、そんな行動を取れる人間になっていくんだよ。

 

それが本当に世の中を良くしていく『ありがとうの魔法(マジック)』なんだよ。

 

さぁ、それに気付けたなら、明日から始まる新たな時代の扉を、喜びのエネルギーで開けておいで。