体力に自信のない私は

時間には余計に執着していた

あれもしなきゃこれもしなきゃ
と焦っているうちに

あれもできないこれもできない
と思うようになって

そんな風に思っても
奮い立たせて
お尻を叩いて
自分の泣き言を黙らせながら
人前で良く思われるように演じて
時には頭のよいふりを
時には馬鹿なふりを

限界まで気力を振り絞っても
体力が持たなかった私は
自分のことを怠け者で役立たずだと
いつしかののしるようになる

そんな風に四六時中、
自分の心を閉ざしたままの暮らしは
なんの楽しみもなく
なんの未来もみえずに
やらなきゃならない問題だけが山積みだった



人が何かに執着しだすのは
いつからだろう

産まれたては
無垢で純粋でなんの恐れもない


何かを失った!

あるいは、
失うかもしれない!


そんな場面に直面した時に
失いたくない!
失わないように!
と自分を護りたいと思う


大切なものを失うのは誰でも悲しい。


その
失って悲しい、
あるいは
失うかもしれない
という恐ろしい気持ちを

誰かに分かってもらえたと安心した時、
ひとはその失ったという痛みを受け入れることができる

もしくは
悲しくて恐ろしいという気持ちを
誰かにわかってもらえなかったり
相談する機会がなかったりしたまま
安心することができないでいると
その失ったという思いは執着となって
身体に残る



そんな経験を
小さな頃から沢山積み重ねていく

家族や友達に分かってもらえる時もあるし
聞いてもらえなくて悔しいこともある


私の場合は
小学校に上がる直前にそれまでの暮らしを失ったという経験が最初だったように思う


失ったといっても、
一番大切な家族は側にいたし
年度末に産まれた発達の遅い私には
保育所で別れを惜しむような友達はいなかった

だから、それ自体はなんの問題もなかったのだ

大切な人たちと
どこに行っても大丈夫だと
むしろ楽しんでいたようにも思う

でも、変化に対応するための体力が
だんだんと尽きていった
学校に行くのも億劫になっていたし
色んなことをごまかしごまかし
やり出したように思う

それは、どうにもならない不幸にみまわれた
というわけではなかった

私は見栄っ張りで
家族の役に立ちたいと思っていたし
自分は絶対に偉くて賢くて
我慢することも努力することもできる
たいした人間だ
と思っていた

だから、
ちょっとくらい何かを失ったり
変化したりすることには
なんの不安もなかったのだが
どうにもうまくいかないという時に
素直に相談することが
できなかったのだと思う。

そんなのはかっこ悪いし
恥ずかしいし
自分でなんとかできると思ったのだろう

そんなふうに、
着々と
一つ一つ失うたびに
自分は大丈夫
と気丈にしていたことが

心に全ての執着をため込む成り行きとなった


時間や、お金は、流れるように日々消費されていくものだ

だから、
必ず失ったと思う日が来る

失うかもしれないと恐れる日が来る

そんな時に、
いつもそばにいる誰かが安心させてくれるなら
執着せずに済むのだ


今までに溜め込んだ執着から解放されても

日々、失うかもしれないという思いは過ぎる

ただ、
今までは
溜め込んだ執着が次から次へと
頭をよぎり
収集がつかなかったから
対応できなかったけど

今は、

失うかもしれない

という思いがよぎったその瞬間に

自分に集中することさえできれば

自分のその恐れに耳を傾けることさえできれば

自分が安心することが
分かっているから
前よりずいぶんマシだ

一瞬、一瞬
人は何かを失っている

失っている
というのは正しくはないのだけど


お金や時間が有限だと考えているのなら
失っている


十分に蓄えがあり
毎月定期的に収入があれば

失っていても
大丈夫だと思える

でも、収入が途絶えてしまったとき
蓄えがなくなってしまったとき

その失ったという気持ちは

大きく重くのしかかってくる


ましてや

大きな災害で
家や、街を失うような目に合えば

どんな悲しみがあるだろう


それでも、
誰かにそれを聞いてもらえるなら
分かってもらえるなら
人は安心できる

その気持ちを聞いてあげるのは
他人でもいいし自分でもいいのだ

だけど、他人だけじゃなくて、
自分でも自分の気持ちを聞いてあげることができれば尚いいだろう

それに、
どれだけひとが親切にしてくれたとしても
本当の意味で耳を傾けてあげられるのは
その気持ちを理解してあげられるのは
自分しかいないのだ
大切であればあるほどに





悪いことが起こった時に
自分の気持ちをどうしてあげたらいいか
ということがわかれば


何か、達成したいことがある時にも
自分の気持ちをどうしてあげたらいいかわかる

叶いそうにもない夢を持ったとして
たくさんの周りのひとに
馬鹿にされるかもしれない
批判されるかもしれない

失うぞ!

と恐れを煽ってくるかもしれない

怒られたり、失敗したりして
諦めてしまうかもしれない

でも、失うかもしれないという自分の思いを
聞いてあげることさえできれば
その瞬間、安心することができれば

失う恐怖や執着に
とらわれることなく
進んで行ける


日々、失いながら
失うかもしれないという恐れはあるけれど

いつもいつも自分を安心させてあげていれば

失うことがあんまり怖くなくなってくる

まだ家族や猫や大事なものを失うことは
当然恐ろしいけれど

その気持ちを聞いてあげることができる

その安心が

執着ではなくて

安心が積み重なっていけば

どんなに悲しい淵に立たたされても

どんなに壮大な夢に臨もうとも

心を失うことだけはなくなるのだ