俺は、一児の父親です。
現在は、湯布院ご当地Youtuber ツッキーというネームで、ツッキーチャンネルというYouTubeを立ち上げています。
興味ある方はこちらをどうぞw↓登録もおねがいしまーすw
https://www.youtube.com/channel/UCrBSw2tfq-bOjCCXnyMZxxA
職業は、トラックドライバー! まあ、その辺探せばいくらでもおるような
普通の親父(おやじ)でしょうかwww
自分に自慢できるものは、車をぶん回す事。 頭は良くない・・・(悪いとは言っていないw)
車を峠で壊しては、修理し、壊しては、次の車を買う、そんな事を繰り返して、借金だらけになった青春時代でした。
おもうに、そのお金、貯めてたら、ベンツの上級グレード買えるくらいにはなっていたなぁーと思ったりするw
借金のおかげで、やりたくもない仕事をやるはめになり、反強制で、働きつ続ける泥沼に陥った事もあり、正直なところ、仕事に充実感なんてものは、一切なかった。
その心の反動は、今でもちょっぴりあったりする。
結果、トラックドライバーという、職業に落ち着いたしだいなのでした。
さあ、この話は、とめどもなく沢山のエピソードがありすぎて、本一冊書けるほどに、話題があるので、この辺にしといて、冒頭の「Youtuberになろうとした親父」の事を話そうと思う。
ブログの趣旨が、まだわかっていなくて、ただの親父のエピソードとなると思いますが、興味ある方は、読んでいただけるとありがたい。
Youtuberになりたい!
と言い出したのは、実は、当時5歳の息子でした。
なに! なんだそのYoutuberって!?
その時、初めて「ヒカキン」さんという、素人のようなTVにも雑誌にも出ていない青年が、YouTubeというチャンネルで、なにかしていた。
息子は、ヒカキンさんに憧れて、5歳でボイスパーカッションを始めたw
ブホッツッカット! ブーッカット! フンフンフンフ! ンカッンンカッ!
真面目に、練習している5歳の息子は、まあまあボイパがうまくなっていったw
そして、小学校で、「君の将来の夢」と題したボードを、家に持ち帰ってきた。
このボードは白紙だが、そのスペースに、将来の夢を書いて、学校に持っていかなければならないという事だった。
俺は、息子に聞いた。 なぁ龍馬(息子の名前) お前は大人になったらどんな仕事がしたいの? と聞いてみた。
少しはにかみながら、ユーチューバーになりたい。
・・・そっかーユーチューバーかー、ヒカキンとかいるもんな!
将来、ユーチューバーも職業になる時代が来るかもしれないね。
当時は、まだユーチューバーという職業は無かった。
俺は、正直、なれねーよなぁぁ・・・どうすればなれるかもわからんし・・・でも、息子の夢を崩すことはできない!!
その日から、さっそく、YouTubeというプラットホームを研究した。
グーグル・・・YouTube・・・収益化・・・そのためには、いくつかの登録と様々な手続きがいるようだ・・・
そして、右も左もわからない俺は、なんとか、YouTubeの始め方まで、進められた。
正直、めんどくさいし、説明欄、概要欄はめっっっっっちゃ文字多くて、読めたもんじゃないwww
規定だったり、なんやかんや、たくさんの説明、グーグルとの連動、パスワード、そして、なんといっても、チャンネルの意味がどうもあいまいで、気が付いたら、名前変更3回以上してしまい、1年間、名前が変更できないしまつに!
本名じゃん!! こんなん 世間にばれたら恥ずかしい!
そのくらいの無知な親父だった。
1年間チャンネルを放置して、いつしか忘れていた自分のチャンネル。いや・・息子の為に、先ずは、やり方だけでも知っておこうと思ったのだが。
しかし、夢というのは、はかないもので、息子はさっさとユーチューバーの夢を捨てて、プロバレーボールの選手という、新たなステージに躍り出たではないか!
正直、ホッとしたw
まともな夢だ! スポーツ選手こそ! と。
そんな中、ネットゲームにハマっていた俺は、ゲームのアピールを、動画に収めてみようと、PCからバンディカムを使って、画面録画した。
それを、YouTubeに投稿してみた。
それが、実は、俺のYouTube最初の一歩でした。
何本か投稿してはいたものの、視聴されるだとか、ユーチューバーという何というか、ちょっと自慢できる。ミーハーな気持ちで、投稿していた。
大きく、YouTubeについての道筋がずれていた。
もとは、息子の為に。だったはずなのに・・・・・
つづく・・・・
