Humanist thinkers such as Rousseau convinced us that our own feelings and desires were the ultimate source of meaning and that our free will was, therefore, the highest authority of all.

 

ルソーのようにヒューマニズム溢れる思想家たちは、わたしたちの有する感覚や欲望は究極的には意味の源泉になると説いた。その論点でいくと、わたしたちの自由意志というものも、あらゆるもののなかで最も高度に権威あるものとなるのである。(キャロル訳)

 

しかし、自由意志というものは、必ずしも善であるとは限らず、悪である場合も考えられ、それが最高権威であるかのように見なされれば、結局は、あのヒトラーのように民族の自由と優越性を振りかざす権力の権化と化す可能性もなくはなく、昨日、起こったかつての京アニ事件のような勘違いの放火事件を引き起こす輩も出ないとは限らない。やはり、いかなる自由意志といえども、そこに「絶対責任」ともいうべきペナルティが伴わなければ、最高権威であると認めることはできないだろう。