平成元年。1989年。

中学3年の時のことを、うんと大人になってから書き残そうと思い書き始めた記事です。


骨肉腫治療とその後
https://ameblo.jp/tsukiakari-hoshinohikari/theme-10091592207.html

 

 

 

当時は、まあ自分が大変だったので、『妹や弟も大変だろうな』くらいにしか思っていませんでした。それ以上のことは想像もしなかった。

 

なぜなら、自分が経験したことがないことは想像なんて出来ないから。当たり前のことですが。

 

 

 

 

成人し、結婚し、親になり。

がんがわかった時から34年が経ち。もうすぐ50歳になるわたしは、たくさんの人と出会いたくさんの経験をしました。

 

だからこそ、今ならわかることがあります。

今だから想像できる世界があります。

 

大変だったのは、病気をしたわたしだけじゃないということ。

家族みんなそれぞれがそれぞれの立場で大変だったということ。

 

 

 

特に、2つ下の妹。

妹は当時中1。

わたしの抗がん剤治療に合わせて家を空けていた母に代わり全ての家事をしてくれていた。

 

家事を一切しない父のこと、まだ幼稚園児だった弟のこと、そして自分の学校のこと。全部13歳の妹がしていた。部活を休んでくれてね。

 

 

 

今だから想像できる。

子供が全ての家事をする大変さを。

友達と居たい時間を我慢して家のことしなければならない辛さや悔しさや、仕方ないという諦めや、甘えられない寂しさや。

 

本当に大変だったと思う。それ以外の言葉がない。

 

 

 

今でこそヤングケアラーという言葉があるが、30年前にはそんな言葉もなかったから。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/young-carer/



 

 

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話は変わりますが、例えば、

 

公共交通機関に優先席があること、

車内混雑時優先席付近では携帯電話の電源を切りましょうと表記されている意味、

ヘルプマークの意味、

を、大人であるわたしたちが子供に説明できますか?

 

とか。

 

 

 

 

自分が当事者とか、また身内に該当者がいるとか、そういう立場であれば想像は安易に出来ます。

 

しかし、

自分はもちろん周りに該当する人がいなければ、知らないことだと思います。知らないから想像もしません。

 

知らないからダメということではない。

知らないものは知らない。それだけでね。

だから、これを機に情報として知ろうとしてみるのも大事なことだと思っています。

 

知ったうえで、今までの生き方を続けるのか。

そんなふうに意識を成長させていくのだと思っています。


 

 

近頃はスマホをいじりながら歩いている人が多く、目の前に杖をついて歩いている人がいても気付かずぶつかることやぶつかりそうになることがとても多いです。

 

子供や障害者や年寄りだけじゃないよね、誰とぶつかっても危ないんだよ。

  

 


立派な左足だ。笑



 

 

 

徳を積むために良いことする、とかじゃなくて。

そうしたいからそうする、が、気持ちが温かい感じがします✨