司重機(株)オペの内部告発!!

司重機(株)オペの内部告発!!

クレーンの事はまず書かないでしょう

東日本大震災から10年。
2万人を超える人々が亡くなり、4万人が今も避難生活を余儀なくされているといいます。



私は、この震災で特に被害の大きかった宮城県気仙沼市出身で、この時期が来ると震災の事に触れるべきか、悩んでいました。と言うのも、私自身は、被災した訳ではなくて。
実家の家族と、何日も連絡が取れなかったとか、電気やガスなどのライフラインが断たれたとか、その程度で済んだから、家も家族も、大切なものを全て流されてしまった人達の気持ちを代弁するなんて事は絶対に出来ない、それはあまりにおこがましいと思ったのです。

誰かを励ますつもりが、言葉足らずで傷付けてしまうかもしれない。
余計な事や、綺麗事を言って、「何も分からないくせに」と誰かを追い詰める事は避けたかった。
でも、被災地に生まれ育った人間として、せっかく多くの人に発信する機会を与えてもらっているのだから、何か伝えるべき事があるんじゃないかと、それはずっと思っていました。

あの震災が、津波が、どれだけ甚大な被害をもたらし、何万人という人々を悲しみのどん底に突き落としたのかは、メディアでも発信され続けてきましたから、メディアで深くやらない事を、現地で感じるままに。
読んでくれた人に、大切な何かが伝わる事を願って、書かせて下さい。



それは、福島のことです。
ご存知の通り、津波による原発事故が起きた県で、これにより故郷に住めなくなった人が、今も4万人強もいるといいます。
宮城県民からすれば、福島はお隣。私は、以前から、福島は仕事でよく行く機会があって。のどかで、人が温かくて、大好きなところなんですが、そんな故郷を離れ、慣れない地での避難生活を余儀なくされた人達が大勢いる事にも悲しみを覚えますが、それ以上に悲しい事があります。


それは、福島出身だと言う事でいじめや差別に遭った子供がいるということ。
ニュースでも一時やったけれど、取り上げられるのはきっと氷山の一角で。
本当に悲しいことです。大切な故郷を離れ、大切な友人達とも散り散りになり、多くのものを失ったその先に、さらに耐え難い地獄が待っていただなんて。

今は、新型ウイルスが世界中で蔓延して、大変な事態に陥っているけれど、感染者やその家族、医療従事者の方などへの差別が起きているそうで、苦しい状況の中で懸命に頑張っている人をさらに傷付け、追い詰めるという、震災の時と同じ事が起こっています。


我々が歴史から学ぶ事は、人間は決して歴史から学ばないということだ


ある哲学者の言葉ですが…
自然災害も、ウイルスの蔓延も、もちろん物凄い脅威だけれど、人間が人間を傷付ける事は、仕方ない事なのかな?
この先も、人は傷付け合うのでしょうか。支え合う世の中には、永遠にならないのか?

傷付ける側の人は、きっと、他人事だと思っているのでしょう。でも、そんな人にこそ、絶対なんて保証はどこにもないという危機感を持ってほしくて。
その意識は、人を傷付けない為だけでなく、自分の身を守る為と、自分を思ってくれる人を悲しませない為、そして、大切な人の身を守る為にも必要であるからです。

悲しいかな、実際、自分の身に起きてみないと、悲しみや苦しみってなかなか分からないものです。
だから、被災していない私の言葉でこうして伝える事も、果たして本当に正しい事なのか、ただの偽善なのか、分からないけれど…。
でも、自分だったら…と想像力を働かせて、寄り添う事はきっと出来るはず。
私も、分かったような事書いていますけれど、全然出来ていないんです。傍観者でしかなかった自分に、反省と決意のような意味も込めて、書いています。


何かの本の受け売りですけれど、「こんな世の中じゃ…」と嘆く前に、自分もその「世の中」を構成している1人の人間であるという事を忘れてはいけない、って。
これを読んでくれた方、たった1人だけでも、人間が人間を貶める今の世の中を、助け合える世の中に変える力になってくれる事を願っています。



高台にあった祖母の家から。
海のすぐそばだったので、津波の映像の中に何度も映っていました。

いつも利用していた南気仙沼駅。
線路も全て流された為、今は内陸に移設して、バスでの運行に変更されました。


根こそぎ引き抜かれ、宙に浮いた家

色んな思い出の品が、至る所に落ちていました。