今、ハマってるテレビなんですけど


昨日観て、ケースワーカーが家族を繋ごうとしてたけど


やはり、自分の育ってきた環境って当たり前じゃないんだよね。


だから、無理に繋ぐ必要も自分はないと思ってる。


ケースワーカーが、家族=心配してくれるとは思わないほうが、良い。

というか日本の扶養義務が、時代遅れだと思うしね。

そういう意味では、家族制度と個人の狭間にまだまだ日本はあるのかなと感じてしまった。


私は、変人。

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おはようございます。サル男です。

昨日は、職場の人と食事でした。その時に看とりの話しになりました。


今の職場を辞めた人が、別の施設で働いていてその方、看護師なんですが人が亡くなる瞬間をみたのが初めてだったそうです。


そこで、みんなで話した時に自分以外は、出来れば自分の時には当たりたくないという事でした。

本来は、これが普通なんでしょうけど私は普通じゃないから、自分が当たってもいいと思う考えです。


その思考は、なぜか考えたら終末期の📕や話を以前から沢山聞いて来たこと

胃ロウを造設し、苦しみながら生きてる?生かされている?方をみてきたこと

これは、あくまでも主観だし自分の価値観だから他人に押し付けるつもりはないです。

ただ、そういう経験から自分の終末期の考え方は出来上がったのかも知れません。

ただ、亡くなってよい=悲しまないにはならないです。

人によりますけどね(笑)


なので、あらためて自分は変人だなと感じた瞬間でした。

今日は、早く起きてしまい(まぁ、ここの所ずっと早起きですがね。)


録画していた、在宅死についてのビデオをみました。


そこでの、医師の言葉で印象に残ったのは

何もできないけど、そばにい続ける。

これは、胸にグッとくるものがありました。テレビのように上手く行くことばかりではないし


ただ、医療は本人の苦しさや痛みを軽減できると思ってます。


そして、色々な在宅の形が放送されてたのは良かったし、それを医師が認めながら関わってたのが良かった。


こういう事が出来ないと、日本の介護や終末期の問題はなかなか厳しいとも思った。

今日は、色々と介護保険サービス事業所の加算関係を調べてたんですが

その中で通所介護の個別機能訓練加算って平成27年から3月に一回、自宅訪問もしなくちゃならないんですね。

これって、取ってるところはどうしてんでしょうね('_'?)

なんか、加算ってサービス事業所と家族の考え方の乖離があるから難しいと思うんですけど。


それに、機能訓練指導員だって利用者さんの機能訓練やって記録作って、訪問ってなんか取らせないための加算なんじゃないの?と疑ってしまう。


なんか難しいよね。