売買営業部の佐藤です。
本日も「本能寺の変」
について書かせて頂きます。
6月2日に事件は
起こった訳ですが・・・
この日はかなり
暗かったと思われます。
理由は、新月に近い
状態だったからです。
昔は、太陰暦で、
月の満ち欠けで
暦を作っていました。
つまり・・・ 十五夜(十五日)が
満月であれば、
その逆の
(半月後の)1日は、
新月の状態。
真っ暗です。
昔は、街灯などなく、
松明も、油も、
貴重なものだった
ので、夜更かしを
する人はほとんどなく、
京都といえども、
暗かったと
思われます。
で、2日もほぼ同じ。
ですから、暗い中、
明智光秀は
クーデターを起こした
のです。
これは戦力的に
優位なほうからすると
単なるリスクです。
信長が逃げてしまう
可能性があったからです。
こちらの軍勢の移動も
気づかれにくいですが・・・
勝負は、数が多いことに
よって決まってます。
後は「取り逃がす」のが、
駄目な事なので、
そこに気を配るはずです。
京都から出た移動中を
襲ったほうが
お寺という一種の
砦に攻め込むより
簡単です。
明智光秀は、
信長の部下の中で、
最もその辺りの計算が
できる人間でした。。。
だとしたら、
なぜ?その日なのか?
も、説明が付きにくく
なります。
従って、
「用意周到なクーデター」
ではなく、
「発作的に起こしたテロ」
の可能性が高いです。
推測できる光秀の性格は
「神経質で繊細」です。
十分にあり得る話です。
出世コースを
ライバルの秀吉に
先にいかれて
おかしくなったのかも
知れません。
いずれにしても、
新月に近い夜の
出来事でした・・・
ところで、月は、
日の当たり方で、
満月や三日月と
言ったり、新月が
ある訳ですが・・・
言うまでもなく、
月そのものの
形は常に一定です。
光の当たり方で
人間から見て
そういう形に見えている、
ただ、それだけの事です。
いうなれば。。。
事実→目に映る月の形
光の当て方で、いくつもの
バリエーションがあり、
一つだけが正解でもない
ですし、そもそもそこに
注目しても正解は
ありません。
真実→本当の月の形
常に一定。一つだけ。
光の当て方で変わらない。
但し、洞察力のない方に
その姿が想像できるかは
別です。
というよりも、
そうしないといけない
という意識があるか
どうかの問題だと
思います。
但し、これが正解で、
本来はこれが大切の筈です。
歴史に限らず、
真実に注目することが
人間としての真摯な姿だと
思います。
知者は歴史に学び、
愚者は体験から学
-ドイツ(プロイセン)の
政治家(名宰相)ビスマルクの言葉です。
少し勉強になりましたね・・・
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