短編怪談「ヒーロー」 | ツカケンのオピニオンダイアリー

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朝、目を覚まし、リビングの食卓に向かうと
息子がいて娘がいて妻がいる。そういった光景が当たり前で、ふと、幸せな気持ちにもなった。

「それじゃあ、仕事に行ってくるよ」

食事を終えた私は、妻に玄関まで送られる。これも毎日のことだった。

「あなた、来週末、あの子達楽しみにしてるわよ」

来週末は久々に取れた休みだった。

放送局で働いていた。報道部だった。いつも慌ただしく動いている。
こうしている間は、本当に平和になってほしいと感じるものだった。

「行ってきます」

家を出ようとした私に、息子達が「パパ、行ってらっしゃい」と、顔を覗かせる。
なんて幸せなんだ。
五歳の息子と三歳の娘。この子達の将来だけが、私の楽しみになっていく。

この子達はどうなるのだろう。
そんなことを考えて、私は家を出た。


夕暮れどきだろうか。
社内が慌ただしくなった。
「山本さん! 大事故ですよ! 撮影隊行きましょう!」

私はコートを羽織、直ぐに中継車に乗り込んだ。

「大型トラックが暴走して、三台から五台の乗用車が被害に遭っています」

1人が状況を説明する。

現場はそんなに遠くなかった。中継車が止まる。
その時、携帯が鳴った。妻からの電話だった。
だが、今はそれどころではない。目の前には惨状が繰り広げられている。

これを伝えるのが私たちの仕事だ。

携帯に出ずに、カメラを回し始める。




―息吐いた。中継車に腰を据える。
と、社員の1人が携帯を持って、慌ただしくやってきた。

「山本さん、大変です!
山本さんの家族が、この事故の被害者です!」

長い間、何を言っているのか解らなかった気がする。

だが、次第にその意味を理解し始める。

自分の携帯を手にとった。伝言一件。
私は震える指で、ボタンを押した。


「……あ…な……ごめ……さい」


妻の声。苦しそうだった。すぐに、妻の携帯へ電話した。

トゥルルル 

コール音が続く。
やはり出ない。半分諦めかけたとき、コール音が消えた。

「こちら、○△病院です、旦那さんでございますか?」

私は病院と聞いて、ひどく興奮した。

「妻は! 妻は無事なんですか!?」

 少し沈黙があった。

「残念ですが、先程奥様は息を引き取られました。それと、息子さん、娘さんも病院に運ばれて来たときには……」


なんということだ、妻が死んだ。
私の可愛い子供達まで死んだ。

言葉が出ない。涙すら出ない。
「ひろみ……ゆうき……ちひろ…」

妻の、息子の、娘の名前を何度も何度も呼び続けた。

だが、三人とも返事はしてくれなかった。







――どれだけ酒を飲んでも酔わなかった。
テーブルには空き缶でいっぱいだった。

頭がボーとする。何も考えられなかった。酔っているわけではない。
ソファーに寄りかかり、天井を見つめた。


ダダダダ!


階段を上る足音がした。私は飛びあがった。

「ゆうき!」

すぐに階段を上って、子供部屋を覗く。

ゆうきとちひろの部屋。二人で一つの部屋を使っていた。

小さなベッドがある。
さっきのは幻聴かな。ため息をついて、そのベッドに触れる。

冬だった。冷たい風でベッドの布団は冷えきっていた。


バサッ!


何かが落ちる音。振り返った。
そこには、本棚から落ちたであろうノートが一冊あった。

それを拾いあげ、中身をみる。

絵日記のようだった。
日付とその日に何をしたのかを説明と絵で表している。

何十ページにも渡って、書き連ねられている。

一番最近書かれたページを見る。私は目を止めた。

まだ、来ていない日付が記されていた。説明や絵はまだ書かれていない。

この日は、来週末の日付。子供達と遊びに行く約束をしてた日だ。


ダダダダ!


また階段から足音がした。急いで階段に向かう。下の階に行っても、静かな一階のままだった。


参ったな……急に1人になっちゃったな。

寂しさがいきなり込み上げてくる。
涙が1つ出ると、次には豪雨のように止まらなかった。





――週末を迎えた。
バッグを1つ持っているだけで、他には何も持っていかなかった。

前から子供達と行こうと約束していた、動物園に来ていた。
様々な動物を見て回った。だが、本当に目に映っているだけなのだ。

何も感じない………。

動物を見て喜ぶ子供達を見て、私は何かを感じるんだ。

今日、私は死のうとしている。家族が必要だった。
だから、私も家族のもとへと行きたいと思った。

動物園から帰ってきて、私は暗いリビングにバッグを放り投げた。

バッグの中から縄が飛びだす。無論、自殺するためのだ。


ダダダダ!


階段を上る音。

私はゆっくりと、階段に向かい二階に上った。

息子娘の部屋の電気を点ける。
ベッドの上に、ノートが一冊乗っていた。
絵日記のノートだ。

私はパラパラとめくり、今日の日付のページを開けた。

目を疑った。説明と絵が書き足されていた。

間違いない!息子の字に娘の絵だった。



『きょう、ちひろと パパと、どうぶつえんに いった。パパはゲンキがなくて、ためいきばかりついていた。 いつもしごとでいそがしいパパは、ぼくたちの ために いきたくもなかった、どうぶつえんに つれてきてくれた。そんなパパは ぼくたちのヒーローです。 ぼくたちは もうパパとはなすことはできないけど、パパを みまもることはできます。こんどは、ぼくたちが パパのヒーローになろうと おもいます。パパ、これからも おしごとがんばってください」



絵の中の息子と娘は笑っていて、動物を見ていた。
私はそんな彼らに気付かずに沈んだ顔だった。


私は声をあげて泣き崩れた。いっぱいの涙が、その絵日記のページを濡らしていく。

私は死ねなくなった。

子供たちは、私に生きてと言っている。

私はあの子達のヒーローでいかなければならないのだ。

辛くても生きよう。

私というヒーローには、見守ってくれているヒーローがいるのだから……。