テレビでもよく拝見するので、読んでみました。


勉強がよくできて、頭のいい人というイメージの先生ですが、


テレビのバラエティに出ていたりして、どんな人なのかなと思っていました。


先生のこれまでが面白かったし、勉強になりましたよ。


みんな弱い面ももっていて、結局やる気ですよね。

いろんなことが考えられる人になりたいと思いました。
やっぱり、読書は楽しいなあと思った今日でした。

充実した一日でした。

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父は、とても人が良く、とても多趣味な人でした。


母がいなくても、勝手に、20cm×15cmはあったであろう大きなお弁当箱に白いご飯を詰め、


真ん中に梅干しを入れて、リュックを背負って、どこかに出かけていました。


いつも、山の方へ向かっていくのでどこに行くのかわかりませんでした。


それは釣りでした。


夜になっても帰ってこないので、母がよく心配していました。


私は、連れていってくれると思ったことはなかったのですが、姉達は父についていこうとしたこともあった


ようです。すると、見事にまかれたらしいです。


誰も父と釣りをした思い出はありません。


母が言うには、小さなナイフを持っていて、釣った魚をさばいておかずにしていたらしいです。


誰にも邪魔されない自分だけの時間だったのかもしれません。


サザエ・貝・そして釣った魚を家の土間に並べて、みんなで喜んでいた光景が思い出されます。




















今でも母は買い物に行かなくてもしばらくは大丈夫といいます。


子供の頃は家族も多かったので、自給自足率がだいぶ高い生活を送っていました。


海が目の前にあり、山が後ろにあったので、それも可能でした。


父は、家族のためにありとあらゆることを考えて、ご飯を確保していました。


映画「おおかみ子どもの雨と雪」をみて、なにか懐かしく思った場面もありました。


家でニワトリを飼っていて、「たまごが産まれていたから取ってきて」と頼まれると、


ニワトリが苦手な私は嫌だったけれど嫌とは言えず、鳥小屋に鍵を開けて猛スピードで


卵を取ってきて母に渡していました。苦手なことがとても多い子供でした。


大きくなってから、姉妹で話していてわかったことは、ニワトリを締める瞬間をどこ子供にも


見せていませんでした。見てはいけないと言われて育ちました。


何も知らずに、夜のご飯は、鳥の煮付けだったでした。


買ってきたものではないお肉をたくさん食べて育ちました。


両親の優しさに胸が熱くなりますし、こうやって元気に育ててもらって感謝しています。