先日の北海道の大地震は、それまでの美しかった景色も一変するほどの悲惨なものでした。
まだたくさんの方々が苦しんでいらっしゃること、お見舞い申し上げます。

今年の夏ごろから、今度はどこに旅行に行こうかと、この大惨事が起こる前に話していました。
母はレビー小体型認知症なので、これからどんどんと、パーキンソン病のように衰えていくとのことを医師より伺っていました。幻想幻惑にも襲われていきます。

幻想幻惑なども起こり精神的にも不安定になるようで、できれば、少しでも心が穏やかな日々を送り、体を動かすことで体の衰えも緩やかに少しでも長く自分の力で動ける日々を送れるようにと、妹はじめ、支えてくれている家族と話し合っていました。
だから、ちょくちょくと小旅行にいく計画をたてることにしていました。

お陰さまで今のところ、少しずつ衰えてはいるものの杖などの支えもなく自力で動ける日々を送っています。
ただ、記憶の持続がかなり短いので、色々と忘れることが増えてきています。

前々日、朝起きると北海道の地震のニュースが流れていました。
それは悲惨なもので、明け方近くに起きたものなので、時間がたつにつれ少しずつ詳細が見えて来ていました。

母は旅行が好きなので、若い頃から今はなき父とよく国内を旅行に出掛けていました。

母が少しでも体の衰えなどが進まないように、最近は、日々穏やかに送れるようにと願い小旅行に多く出掛けられるようにしてきていましたので、
今度は北海道にもう一度出掛けたいと、そんな話を夏ごろから母は言っていました。

秋ごろに出掛けようかと思っていた矢先の今回の大地震。
朝起きて、テレビをつけると目に飛び込んだのは、変わり果てた北海道の姿でした。
母は、北海道がこんなことになって、旅行どころじゃないと話していました。

こんなに苦しんでいる方々がいるのに旅行なんて言ってわたしは大馬鹿者だと、呟いてすぐさま妹に電話を掛け北海道旅行の計画を取り止めようと受話器を取りました。

母が行動を起こす前に私も妹に今度の計画は無しだねとメールしていました。

もちろん、そうしました。

旅行代理店には相談に行くことにしていたので、取り敢えず、目的地を変更してと、計画見直しし、他の場所に出掛けることとしました。
その時の母は、恐らく今朝方起きた北海道の地震のことは、覚えていなかったのだと思います。

帰宅して、夜のニュースを目にして母は、何が北海道に旅行なんで言っていた自分、こんなに苦しんでいる人がいるのに、北海道に旅行になんて私は大馬鹿者たと言いだして妹にまた、電話をしていました。
母は、自分が北海道に行くことにしたものと思い込んでいました。

行き先を変更したこともすっかり忘れていて自分はこんな時期に北海道旅行に行きたいだなんて、なんて情けないことをしたのだと思い込んで嘆いていました。

行き先は変更して計画したことを改めて知り、朝方の北海道の悲惨さを嘆きお見舞いの気持ちになり、妹に旅行はなしにと言ったことすら、覚えていませんでした。
私たちは、朝のニュースを見て母が悲しんでいたことを改めて伝えました。

母は自分が朝方のテレビで見た北海道の悲惨さを嘆き旅行なんて言っていたことが罪深いと、そんな自分が大馬鹿者だ、取り止めようとと思っていたことすら、覚えていなかった自分にも情けないと嘆いていました。

今まで、自分は認知症なんかじゃないと言い張って専門医の受診すら拒否して、代行して私たち姉妹が医師のところに受診していました。

今の自分が今日の1日の出来事さえ覚えていなかったことに、改めて愕然としていたように見え情けない自分に悲しみ嘆いていました。

翌朝、またテレビのニュースで北海道の映像が流れ、旅行にいくことさえ慎まないといけないと言い出してまた、妹宅へと受話器を取りました。
悼む気持ちいっぱいに。

しかし、母が平穏に暮らせることが私たちの希望で、被害に遭われた方々には改めて出来うる支援を考えていけば良いのだと、そう思って行動をすれば良いのではないかと私たちは母を慰めました。

でも、たぶん、毎日朝が来て、また初めて遭遇した悲惨な北海道を朝、昼、晩と母は驚き悲しむのだと思います。