楽しみに待っていた、ウイスキーブレンド講座。

4人一組になる様に机が分けられ、各々の目の前にはビーカーやスポイト、
ウイスキーが数種類とその他の見たことのある器具が並んでいる。

竹鶴正孝はウイスキー作りは科学だと捉えていたと聞く。

確かにこの場に座っていると、ウイスキーを変わったグラスで飲むぞ!という気にはならず、
むしろ、ちゃんとブレンドしないとウイスキーに失礼だと思わされる。

並ぶのは
余市のシングルカスク2種

ちなみにシングルカスクというのは一つの樽で取られたウイスキーという意味。
一般的に加水されていないので、アルコール度数が50度以上はある強いお酒になる。

以前までなんとなく、一つの樽で取られたという部分で、『まじりっけなし』のウイスキーと受け取り、ウイスキーとしての純度が高いと思っていたが、実際はそうではない。

アルコール度数が強ければ味が飛びやすく、熟成が進めば、味はまろやかになり、
馬鹿舌として言わせてもらえば、味の差異が小さくなってくるような気がする。

なんとなく人間の話をしているみたいだ。
赤ん坊や老人は性別の区別がつきにくいことがある。
赤ん坊は0だから、老人は無限大から1を引こうが100を引こうが、無限大とさして変わりはない。

さて、話を戻そう。

余市の隣に並ぶのは
宮城峡のシングルカスク2種

そして、世界でも希少なカフェ式連続式蒸溜機で作られた、カフェグレーン。

この合計5つのウイスキーを使ってオリジナルのブレンデッドウイスキーを作るのが
本講座の目的。

まずは計量に慣れるために実際に商品になっているウイスキーをレシピにしたがって調合していく。

これは20ml、それは60mlといった具合に混ぜていく。
この数ミリ単位で混ぜていくのが難しい。

慣れないスポイトで吸っては戻し、戻しては吸って、よりぴったりに近づけていく。

あと一滴でぴったり!!・・・・じゃないんか~い!!

と何度心の中で突っ込んだことだろう。

ここでの精度が本当に大切だと実感するのは商品の再現が終わり、他の人が再現したウイスキーも香り、さあ、自分のウイスキーを作るぞ!という段になったときだった。


1回目。

余市が好きだ。
余市みたいにしよう。
余市の原酒どば~。
他のはセンスでパッパッパッ

・・・・まずっ。

2回目。

余市が好きだ。
でも、入れすぎるとおいしくないぞ。
ちょっとにしよう。
しかも、ここ宮城峡だから、50/50にしよう。
…ん~。まだ、余市じゃん。

3回目。

スポイトを握る腕が疲れてきた。
こんなことじゃ、ここで働けないな。
グレーンどば~。
余市系ちょびちょび。
宮城峡そこそこ。
・・・お、飲んだことないな、これ。

4回目。

ちょっと疲れてきて集中力も落ちてきたから、休憩しよう。ぐびぐび。
うまいな~。
これ、もって帰りたいな~。
えっと、こっちの余市を加えて、そっちの余市を減らして、
んで、グレーン減らして、宮城峡追加と・・・。
お、いいじゃん!これうまいじゃん!!

瓶詰め。

最終的にレシピを決めて、何ml調合するかを決めていく。
作成するのは200ml。瓶につめるのは180ml。

さきほどの分量を何倍かしただけなのに、難しさが一段上がった気がした。

さきほどまではグラス一杯程度、
そのおおよそ10倍の量を作るだけなのだが、
まず、スポイトで吸い取る感覚が今までと違う。
思ったよりも入らない。
だから、何度も入れる。

ここで、一度、痛恨のミスをしてしまう。

ふとした瞬間に入れる量が明らかにオーバーしてしまった。

このまま続けようか迷っていると、
講師の方が間違ったら
作り直してもらって結構です!遠慮なさらずに!
とアドバイスを。

十数年の年月を経て熟成されたウイスキーを
素人の失敗で無駄にするのは実に心苦しい。

この時ほど懐にスキットルボトルを忍ばせておかなかったことを
後悔したことはない。

気を取り直して、
失敗したウイスキーをステンレス製の容器へそそぎ、
一度使用した器具を水で洗い、
また、最初からスタートする。

本当のことを言えば、この後の調合でも
数mlの失敗はしている。

が、ここは調合の正確さよりも、心を痛めないほうを選択した。

味がわからないとは言わないが、その数mlの違いは絶対にわからない。
ましてや、余市のスモーキーなキーモルトは最小限に押さえたことで、
決して余市らしくなっていないだろうと判断したからだ。

北の厳しい大地が育んだ余市は逞しく、男性的なモルトだ。
山の香りをふんだんに取り入れた宮城峡は、華やかで女性的だ。

余市は少し入れてもその荒々しさが舌に残る。
華やかさはその荒々しさに消されてしまう。

ちょうどいいところちょうどいいところ。

ゆっくり慎重に微々たる足し算を繰り返していく。

引き算はできない。

そうやって、自分なりに調合したウイスキーは華やかな中にも
うっすらと潮風を感じる様に仕立てた。

『春風や 闘志抱きて 丘に立つ』 虚子

この俳句を口にするたび、海沿いの崖に立つ男性をイメージするが
今回は白いワンピースをなびかせる若い女性だ。

その顔は乱れた髪でうかがい知れないが、
背筋は伸び、遥か彼方を見つめている。
何かを決め、覚悟を決めた、凛とした雰囲気。

それが今回のウイスキーだ。


調合を終え、瓶につめると最後に蓋にコーティングする作業に入る。

コーティングといってもビニール製のキャップを蓋の上から嵌めて、
ドライヤーみたいなもので、収縮させていき、蓋に密着させるものだ。

これがなかなか難しく、いい加減であぶらないとビニールが溶けてしまう。

かといって離しすぎると、収縮するほどの熱が伝わらない。

前の人がやる様を覚え、何とか成功したと思ったものの
よく見るとまだ密着が甘い。

まぁ、これも一つの味だろう。

ラベルを張り。

ここに世界で唯一つのウイスキーが誕生した。

好きなウイスキーではなくて、
自分で作ったウイスキーがあるという幸せ。
そして、その幸せにつきまとう大問題。

いつ飲めば良いのだろう?

幸せの絶頂だろうか?
それとも、不幸のどん底だろうか?

いつでも好きな時に。
そう闊達に言いたいところだが、
なかなか難しい。

にしても、難問奇問、古今東西の問いの中でこんなにも幸せに溢れた問いがあるだろうか。

しかし、いつ何時事故に巻き込まれるかもわからない。
ならば、毎日持ち歩こうか?
でも、割れたらどうしよう?

マッサン人気で火がついてきたウイスキー業界。

今の世を見たら竹鶴氏はなんていうだろうか?

まぁ、まさか自分と奥さんがドラマの主人公になっているなんて思いもよらないことだろう。


全員の瓶詰めが終わると本日のカリキュラムは終了となる。

そして、第二のメインイベント、夕食会へと続く。
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