スポーツの事はよくわからないが、徒競走は最も原始的なスポーツだと思っている。

競技以外でもこれほど日常に結びついているスポーツは他に見当たらない。

私で言えば会社に遅刻しそうな時、朝寝坊した時、ヨガのクラスに遅れそうな時、または失恋した時だ。

実際、失恋しても走る事はない。ただ、無性に走りたくなる衝動が沸き起こる。
ひたすらとことん走る。
けれど、膝にきたり、体力がなかったり、コンビニがあったり、綺麗な女性を見かけたりすると途端に走る事の呪縛からは開放される。

振り返れば、たかだか500メートル。
見慣れた景色は見慣れたままで、自分だけが息も切れ切れにいつもと違う。

衝動をありのままに放出した結果は冴えた頭と覚めた思考で衝動を振り切ったのかわからないまま力尽きる。

その後は缶コーヒーでも飲んで、タバコを吸って、苦笑いでもしながら彼女の事を考えるのかもしれない。

けれど、きっとこの本に出てくる登場人物たちは違う。

きっと、走り切る。それで衝動が消えるかはわからないが、遅刻は免れるだろう。

走る姿はただそれだけで絵になる。

そうじゃない。まだまだだ、と彼らは言うかもしれない。
しかし、そこには、型と自由が混在したスタイルがある。

そこに見るのは美しさだろう。
単純な早さに目を奪われ、タイムに一喜一憂し、瞬発的なドラマが繰り広げられる。
私が走ったところで案山子が風に揺られている程度の感想しか抱かないだろうが、彼らは違う。

何が違うのか。
命を賭けていると言うとこの物語とはかけ離れてしまうように思える。

では、何かと言われれば、

汗と食事と恋とライバルと事件と…まぁ、要するに青春そのもの。



1.2巻を読んで、サブタイトル通りに、
「イチニツイテ」
「ヨーイ」
と準備は出来た。

そして、読み手は物語のレースさながらに空砲を待つ。
スタートを切るのは果たして物語の続きか熱に浮かされた読者か。

とにかく私はフライング気味に耳を澄ませる。








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