浅田次郎は話がうまくて信用できない。

この小説もどこまでが本当かわかならい。

彼自身、自衛隊出身という事もあり、
自衛隊の人間模様等を描いた本作では細部にまで行き届いた
描写の数々が生々しいものとして受け取れる。


非日常的な空間に閉じ込められた不条理な世界にある
切なる人間模様。
肌が泡立つ事もあれば、同じ人間だと頬が緩む事もある、
当然、涙誘う部分もある。

そのどれもが物語として際立つ。
取るに足らない『日常』が小説という物語になる。

振り返れば、自分自身の日常だって小説になりえる。
ただ、小説にする実力がないだけだ。

日々は移ろい、気は変わり、季節は巡る。

その中で一時として同じ時間同じ感情同じ自分であったためしはない。

けれど、どこかで、いや、むしろ、充満するぐらいに、

『同じ毎日』と思ってしまっている。
いや、思ってはいないか。


けれど、感じている。
自分の成長だとか、日々の暮らしだとか、一年前の自分だとかを振り返りながら。


と、言う嘘。もしくは幻想。

それが物語。

そこまで、深みにはまって我に返ると手のひらサイズの文庫本が一冊。
この中に数人の生きざまが刻み込まれているとは
到底信じられない。
それほどに、語られない部分と語られる部分のバランスが絶妙だ。

だから浅田次郎は信用できない。
面白ければいくらだって美化するし、嘘もつく。

だから、彼の小説は面白いし、心地よい。

その嘘とはあくまでも物語の構成や風景だけであって、
そこのあった人間模様は決して嘘ではないはずだし、嘘は付けないはずだ。

けれど、それでも、彼はきっと嘘をつく。
それはもう嘘とは言えない。

意味のわからないお経に数万のお金を払えてしまうように、
彼の嘘には悔しいかな価値がある。

想像を絶する厳しい自衛隊生活を美化するでもなく、批判するでもなく、
淡々と言葉を紡ぐ。
その結果、読み手の琴線に触れる。


本作の末尾を飾る表題作『歩兵の本領』
中には斜め読みしてしまったものもあるけれど、
これだけは読んだ方が良い。
ばかばかしい感想だけれども、思わず敬礼したくなる作品だった。





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