どうも つづみ です。
今回は、幼少期から小学生までの過去をお話ししたいと思います。
私は、長男として産まれました。
自分より年上の従兄弟が数人おり、家も近かった為
末っ子のように、そして叔父や叔母からは孫のように育てられました。
私の一番古い記憶は、家の前にある道路で
じーっと蟻を眺めていた記憶です。(今でもやります。笑)
特に、何か秀でたものもなく身内に甘やかされていました。
幼稚園に入る時に、引っ越しをして祖母と暮らすようになりました。
祖母は、見えない世界が好きだったみたいで丹波哲郎さんの本だったりが
置いてあったのを記憶しています。
祖母の影響もあってか見えない世界は、あると思っていました。
引っ越してから空気が悪かったのか小児喘息になり、入退院を繰り返すようになりました。
風邪を引くことも多くなり、熱でうなされると天井の木目が人の目に見えたり、天井が鼓動と共に
迫ってくるように見えたりと今思い出すだけでも気持ち悪くなるようなことが多々ありました。
そして、ついに夜中ふと目が覚めて起き上がるとてるてる坊主の形をしたショートカットの知らないおばさんが
金粉みたいなのを纏って空中に浮かんでいました。
寝ぼけ眼だったので夢と混同したんじゃないかと親には言われましたが、不思議な体験だったなと思います。
小学校に上がるとガラッと人生が変わったような感覚がありました。
檻に入れられたような感覚。
同い年の知らない40人の人達と同じ部屋に入れられて、なんとも言えない感覚でした。
ですが、それを言語化できるだけの語彙力がなかったのと家に帰ってしまうと学校であったことを全て忘れてしまう
性分だったので普通に学校に通っていました。
小学校の学年が上がるにつれて、周りの男子はもっと活発になり、乱暴な子も増えてきました。
それにあまり耐えられず、更に学校の居心地が悪くなっていきました。
朝も段々と起きられなくなって、なんでこんな朝早くから学校なんかに行かなきゃならないんだ
と思い、不登校にでもなろうかと考えたぐらいです。
小学校5、6年生ぐらいから段々と陰気な性格となっていきました。
何事にもだるい、めんどいと言ってました。
本当にやる気のない少年だったと思います。
今思うと「学校が嫌なら環境を変えれば良いじゃん」
「中学校はある程度の私立にしな」と昔の自分にアドバイスしてあげたいです。。。
ですが、私が小学生の頃の社会的価値観は、「不登校なんてありえない」
「合わない環境でも耐えろ」などの生きづらい価値観でした。
そんな環境のまま中学校へ進学となります。
「中学に上がれば何か変わるかな。。。」と淡い期待をしたのを覚えています。
次回は、中学からのお話をします。

