『絵草紙日本霊異記』の中から、私自身特にお気に入りの話を数話、

一編まるごと公開させていただきます。お楽しみいただけると幸いです。

今回はこのお話です。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

地獄の使者を接待する話

閻羅王(えんらわう)の使の鬼、召さるる人の(まひなひ)を得て(ゆる)(えに)  中巻第二十四』

『閻羅王の使の鬼、召さるる人の(あへ)を受けて、恩を報ずる縁  中巻第二十五』

 

 

  一、      

 

 奈良の左京の六条五坊、大安寺の西の里に、(ならの)(いわ)(しま)という人が住んでいました。

聖武天皇の時代に、大安寺の修多羅分(すたらぶん)の銭(大般若経の(こう)(研究組織)の基金)から銭三十貫を借りて、越前の都魯鹿(つるが)(福井県敦賀市)の港に行って商売をしました。

 

磐嶋は、荷物を運ばせて船に乗せ、家に帰ろうとするときに、突然の急病にかかりました。

そこで、船は置いたままにして、単身家に帰ろうと思って、馬を借りて乗って行きました。

近江の高嶋の郡の磯鹿(しが)辛前(からさき)(滋賀県大津市北部、琵琶湖西岸)まで来た時に、振り返ってみると、三人が追ってきていました。三人との距離は、一町(約一〇九メートル)ほどでした。

京都の宇治川にかかる宇治橋に来た時に、追いつかれて、三人は磐嶋に寄り添って行きました。

 

磐嶋が恐る恐る、「どこへ行くのですか」と聞くと、その者たちは言いました。

「我らは閻魔大王の王宮の者だ。楢磐嶋を地獄に連れていくための使者だ」

「なんですって。楢磐嶋は私です。どうして私が地獄へ連れていかれるのですか」

使いの三人は、鬼でした。鬼の一人がこう言いました。

「わしらは、まず最初にお前の家を訪ねたのだ。

そしたら『商いに出ていて留守です』と言われたので、

敦賀の港まで探しに行った。

ちょうどお前を見つけて捕まえようとすると、

大安寺の四天王の使いのやつが現れて

『許してやってよ、寺の金を借りて、

寺のために商売してるんだからさぁ』と頼んできた。

それで、少しの間待ってやってたんだ。

まったく、お前を連れて行くのに何日もかかって、

早い話が俺は腹ペコでクタクタに疲れたぞ。

おい、何か食い物はないか?」

磐嶋は「干飯(ほしいひ)しかないですけど」と言って、干飯をあげました。

使いの鬼は、

「あ、お前の体調が悪くなったのは、俺ら鬼の霊気、毒気に当てられたせいだよ。だからあんまり近づかない方がいいぞ。だからって、べつに怖がらなくても大丈夫だよ」

と言いました。

 

とうとう磐嶋の家に着きました。

磐嶋は、食事の支度をして鬼をもてなしました。

鬼は「俺、牛肉の美味いのが好きなんだけど。牛肉食わせてくれよ。

食うのはさ、鬼の俺だから、お前が殺生の罪になるこたぁねぇよ」

と言いました。

 

「我が家にまだら模様の牛なら二頭いますけど。黒毛和牛かって? いや、まだらですけど。

うちの牛二頭なら差し上げますから、

なんとか私が地獄に行くのは勘弁してもらえませんか」

すると、鬼が言いました。

 

「うーん、今、お前の物をだいぶん

ご馳走になってしまった。

しかし、そのためにお前を許すとなると、

これはいわゆる接待を受けて便宜供与をしたってことで、

こいつは収賄だってんで、俺が上司に怒られて、

重罪になって鉄の杖で百叩きの罰をくらうだろう。

そうだ、もしや、お前と同い年の人に、心当たりはないか?」

磐嶋は、「全然知りません」と答えました。

三人の鬼の中の一人が、しばらく考えて言いました。

「お前、生まれは何年だ?」

(つちのえ)(とら)(天武七年、六七八年)です」

「聞くところでは、率川(いざかは)神社のところで易者やってるやつで、お前と同じ戊寅生まれの人がいるようだ。身代わりに適当な者だ。その人を連れて行くことにしよう。

ただ、お前からのご馳走で、牛を一頭もらった。俺らが打たれる罪を免れるよう、俺たち三人の名前を読み込んで、金剛般若経を百回読んでくれないか。

一人目の名前は高佐(たかさ)麻呂(まろ)、二人目は中知(なかち)麻呂(まろ)、三人目は(つち)麻呂(まろ)だよ」

そう言って、鬼たちは夜中に家を出て行きました。

 

翌日見てみると、牛が一頭死んでいました。二頭ともは遠慮したんでしょうか。

磐嶋は、大安寺の南の塔隠に参って、(にん)耀(えう)法師を招いて、「金剛般若経を百回読経していただきたいのです」と話しました。

仁耀法師は磐嶋の願いを聞き入れて、二日間かかって金剛般若経を百回読み終わりました。

 

三日経ったときに、例の使いの鬼たちがやって来ました。

「読経の力で、百叩きの罪は免れたよ。ついでに、待遇改善してもらって、日常の食事も飯を一斗増やしてもらえたんだよ。嬉しい~ ありがてぇ~

これからは、毎月の斎日ごとに、俺たちのために福を祈って食膳を供えてくれよな」

そう言うと、たちまち姿を消しました。

磐嶋はその後長生きして、九十歳を過ぎてから亡くなったということです。

 

 

 

 

    二、

 

今度は四国、讃岐の国(香川県)での話です。

布敷(ぬのしき)(おみ)衣女(きぬめ)という女性がいました。

聖武天皇の時代に、衣女は急に病気になりました。

そこで、さまざまな美味・珍味を用意して家の門の左右に祭り、難病を逃れるために疫病神へのお供えをしました。

 

そこへ、閻魔大王の使者の鬼が、衣女を連れにきました。

その鬼はここまで走り回って来て疲れていました。

それで、お供えしてあるご馳走に心が奪われてしまい、「これ、俺が食わせてもらってもいい?」と、衣女に媚びたしぐさで言って、ご馳走になりました。

鬼は食べてから、衣女に

「お前を冥土に連れて行かなきゃいかんのだけど、お前からご馳走してもらっちゃったしなぁ・・・・・・

だからお前の恩には報いてやるよ。お前と同姓同名の人はいないか?」

衣女は、

「同じ讃岐の、鵜垂(うたり)郡に、同姓同名の衣女さんがいます」

と言いました。

そこで鬼は衣女を連れて、鵜垂郡の衣女の家に行きました。

鬼は、出てきた衣女と対面して、

まじまじと顔を見て確認すると、

すぐに赤色の袋から一尺(約三十㎝)の(のみ)を取り出して、

鵜垂郡の衣女の額に鑿を打ち立てて、

そのまま冥界に召し連れて行きました。

山田郡の衣女は、こっそりと自分の家に帰りました。

 

閻魔大王は、衣女が来るのを待ち受けていて、

取り調べを始めました。

しかし、

「おい、この女は死んで連れ来る予定だった

衣女と違うぞ。間違って連れて来よったな。

まあ、衣女さん、ちょっと手違いですまんかったが、

大丈夫だからあなたはしばらくここにいるがいい。

おい、お前はさっさと行ってきて、

山田郡の衣女を連れてこい!」

と言いました。

 

鬼は隠すことができなくなって、仕方なく、

何度も山田郡の衣女の元へ行きました。

鬼はご馳走になった手前、山田郡の衣女にはバツが悪かったけど、なんとか言い含めて冥界へ連れてきました。

閻魔大王は、連れてこられた山田郡の衣女を見て、

「そうそう、これがまさに冥土に来る予定だった衣女だ。そっちの鵜垂郡の衣女は、現世に帰してやりなさい」

と言いました。

 

鵜垂郡の衣女は、家に帰りましたが、死後三日間が過ぎていて、遺体は火葬されてなくなっていました。

衣女は困って再び冥土へ行って、閻魔大王に、

「身体は火葬されて無くなっていました! 魂が入るところがありません。

どうしたらいいんですか!」

と、泣きつきました。

そこで、閻魔大王は、鬼たちに、

「山田郡の衣女の身体はどうなってるか」

と尋ねました。

「まだ残っています」

すると閻魔大王は、

「じゃあ、その山田郡の衣女の身体に入って、お前の身体にしなさい」

と言われました。

それで衣女は、山田郡の衣女の身体に入って甦りました。

 

生き返った衣女は、

「ここは私の家ではありません。私の家は鵜垂郡ですので」

と言いました。

山田郡の両親は驚いて、

「お前は私たちの子供でしょ。

せっかく生き返っておきながら、何でそんなこと言ってるの」

と言いましたが、衣女は聞き入れずに、鵜垂郡の家に行きました。

「ここがまさしく私の家よ、ただいまー」

ところが、鵜垂郡の両親は、

「あなたどなた? うちの子は、先日亡くなって、

火葬もしてしまったんですよ」

と言いました。

そこで衣女は、閻魔大王の言葉のことなど、

くわしく事情を説明しました。

山田郡の両親も鵜垂郡の両親も、「なるほど」と信用してくれました。

それで、身体は山田郡、魂は鵜垂郡として蘇生した

「新・衣女」は、四人の親の、両方の家の娘として過ごし、

両方の家の財産を相続して安泰に暮らしたということです。

 

ひと言コラム

楢磐嶋の話は、お寺が「修多羅分の銭」として貸付を行い、利息をつけて返すことでお寺も潤う融資業務をしていたこと、海産物を敦賀から琵琶湖西岸から宇治川を通って奈良へ運んでいた様子など、奈良時代の経済活動が垣間見られて興味深いです。

衣女の話も、閻魔大王の使者を接待して身代りを立てるところなどは、楢磐嶋とよく似ていますが、同名の別人の身体と魂を組み合わせて両方の財産を相続したなど、独特の着想が面白いです。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、『日本雑録』で「閻魔の庁にて」(Before the Supreme Court)として、衣女の話を取り上げています。 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

『絵草紙日本霊異記』

 

ギャラリーMAYU PUSHで展示発売中です。

(大阪市北区中里西1-11-8 営業日 金土日11時~17時)

 

10月23日(日)まで、中崎町・梅田ロフト・東急ハンズ協賛のイベント、

スタンプラリーで、MAYU PUSHさんも参加店です。

どうぞお立ち寄りいただき、お手に取ってご覧いただければ幸いです。