WHO(世界保健機関)の、精液検査 「下限基準値」 について

 

ヒト精液の検査と処理のためのWHOラボラトリーマニュアル第六版

 

 

日本人向けの不妊症治療現場からの見方

「ヒト精液の検査と処理のためのWHOラボラトリーマニュアル第六版」添付資料より

 

精液検査結果の解釈

 

本書は、男性因子不妊症の治療法の選択として臨床的判断を行うためのガイドラインではありません。

それでも、結果の解釈を容易にするための情報を提供することは、各検査機関の責任です。

最も求められている情報は、受胎可能性と不妊症の区分です。

・このマニュアルの最初の4版では、従来の合意形成の限界が提供されました。

・第5版では、12ヵ月以内に自然妊娠に貢献した男性の値の分布が示されました。この分布の下位5パーセンタイルは、その後しばしば、受胎可能な男性と不妊の男性の間の真の限界値として解釈されてきました。

・従って、精液検査結果の解釈の概念を広げることが必要です。

妊娠までの期間(TTP)が1年以下のカップルの男性からの結果分布図

 

・第5版で発表されたデータをさらに評価し、12カ国の約3500人の男性のデータで補完しました。

・世界のさまざまな地域からデータを収集したことは大きな成果です。

・また、その分布が2010年の集計とあまり変わらないことも興味深いです。

・新しいデータの統合はさらに厳密で、主に最も信頼性の高いデータのみを収録することを試みています。

・したがって、データは、トライから 1年以内に自然妊娠したカップルの男性の結果の分布に関する情報です(TTP 12 ヵ月)。

・下位5パーセンタイルは、参照母集団の男性の5%からしか結果が得られなかった水準を示します。

・これは、個々の患者からの結果を解釈するのに役立ちます。

・過大な解釈をしないよう注意が必要です。

・参照集団の定義には、ある程度の矛盾があります。

・これらの男性は、カップルがいつ不妊とみなされるべきかの基準として、少なくとも1年間、自然妊娠を達成することなく避妊のない性交を行った場合(TTP > 12ヶ月)と定義されています。

・つまり、参照集団はTTPが12ヶ月以上のカップルに属さない男性として定義されます。

・しかし、射精に問題があるにもかかわらず、1年以内に自然妊娠する幸運なカップルもいます。

・さらに、完全に正常な射精をする他の男性は、主に女性の要因によって不妊症に分類されます。

・このように、連続体として考えなければならない不妊を、二項対立的に分類することの問題点を指摘するものです。

・また、精液検査の結果、受胎可能な男性と不妊の男性でかなりの重複があることはよく知られています。

参照集団の定義

 

参加基準

パートナーが自然妊娠しTTPが12ヶ月以下と確認された男性

 

除外基準

不妊治療専門クリニックに通院している、または不妊治療専門医の診断を受けている男性

被験者のデータ

 

オーストラリア 206人

ノルウェー 82人

アメリカ合衆国 487人

デンマーク、フィンランド、フランス、イギリス 826人

デンマーク 199人

中国 1200人

エジプト 240人

ギリシャ 76人

イラン・イスラム共和国 168人

イタリア 105人

合計 3589人

避妊のない性交から1年以内に自然妊娠に至ったカップルの男性の精液検査結果の分布

 

変動幅(95%信頼区間)付きで5パーセンタイルが示されています。

 

 

精液量 1.4ml

精子濃度 1600万/ml

射精毎の総精子数 3900万

総運動率 42%

前進運動率 30%

非前進運動率 1%

不動精子率 20%

生存精子率 54%

正常形態率 4%

WHOマニュアル2010では、精液検査の ”lower reference limit” (下限基準値) は、表のようになっています。

 

精液量 1.4ml

精子濃度 16×100万/ml

総精子数 39×100万

総運動率 42%

前進運動率 30%

生存精子率 54%

正常形態率 4%

 

これらの検査データの母集団は、次のようです。

1.パートナーが12か月以内に妊娠した男性

2.世界13か国3589人の男性(日本人は含まれていません)

 

「下限基準値」とされている数字は、それぞれ100人中上位95番目の人のデータ(5パーセンタイル)です。

一般集団の、「下限基準値」(5パーセンタイル)

 

一般集団(パートナーの妊娠歴は問わず、世界5か国900人以上、平均年齢33歳)の、「下限基準値」(5パーセンタイル) です。

 

精液量 1.2ml

精子濃度 9×100万/ml

総精子数 20×100万

総運動率 36%

前進運動率 31%

正常形態率 4.7%

WHOの精液検査について

 

WHOの精液検査に参加した男性はすべて、12か月以内というごく最近にパートナーが妊娠した方で、パートナーの妊娠判明後に検査を受けています。つまり、参加した3589人の中で、最も所見の良くなかった方もパートナーが妊娠しています。

さらに、パートナーが妊娠した時の精液と、検査した時の精液は当然ながら別物です。精液所見は10倍以上の変動が見られることがありますので、例えば、検査では5パーセンタイル以下の方の精液所見が、妊娠時の精液所見と大きく異なり、とても良い所見であった可能性があります。

また、精液検査所見は人種によって、かなりの違いがあるとされますが、日本人のデータは入っていません。

津田沼IVFクリニックは、赤ちゃんをご希望される方のためのクリニックですので、多くの男性はパートナーが妊娠したことがない、少なくとも12か月以内に妊娠していない方ですので、WHOの妊孕性判明の方の下限基準値の表は、治療選択の点からは適当ではないと考えています。そもそもWHOは、不妊症治療のためにデータを提供しているわけではありませんし、日本人のデータでもありません。

WHO 「本書は、男性因子不妊症の治療法の選択として臨床的判断を行うためのガイドラインではありません。」としています。

当クリニックの精液検査の基準値は下のようですが、タイミング治療、人工授精、体外受精、顕微授精などの治療の選択を行う上で、治療結果とよく相関していると考えています。複数回の検査結果や、パートナーの検査結果、これまでの経過、ご希望などを総合的に評価して、お二人にとって最適な治療方法をご相談していきましょう。

先述しましたように、精液所見は大きく変動します。人体の中で最も変動の大きい検査で、他には無いと思います。

精液検査結果が悪くても、パートナーが自然妊娠や人工授精での妊娠されることはよくありますし、逆に精液検査結果が正常でも、パートナーがなかなか妊娠に至らないこともよくあります。

夫婦生活の際の精液所見が、検査時とは異なり、良好であったと推定されることもよくあります。月に一度の排卵日を、不安に思わず大切にしましょう。