屋島の戦いの余韻を胸に、
次に向かったのは 高松城(玉藻城)。
日本三大水城のひとつで、海水を堀に引き込んだ独特の構造を持つ名城だ。

ここは“海と城が一体化した場所”。
歩いているだけで、他の城とはまったく違う空気を感じる。

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海水を引き込んだ堀と、真鯛が泳ぐ城

高松城の堀は海水を引き込んでいるため、
なんと 真鯛が泳いでいる。

堀のそばには餌を販売している場所があり、
子どもたちが楽しそうに餌をあげていた。
その光景がとても微笑ましくて、
“水城ならではの温かい風景”だと感じた。

城と海がつながっているからこそ生まれる、
高松城だけの特別な時間。

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**水手御門(みずのてごもん)

船で直接城に出入りできる唯一の門**

高松城の象徴ともいえるのが 水手御門。
海から船でそのまま城内に入れる構造で、
現存する水手御門としては極めて貴重。

石垣の間に海水が入り込み、
門の下に波が静かに揺れている光景は、
まさに“海に浮かぶ城”そのもの。

他の城では絶対に見られない造りで、
初めて見ると息をのむほど印象的だった。

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**月見櫓・丑寅櫓

海から見れば櫓が並ぶ壮観な姿**

高松城は海側から見ると、
月見櫓・丑寅櫓・天守台 が並び、
まるで海に浮かぶ城のように見えたと言われている。

今は天守が残っていないけれど、
もし当時の姿がそのまま残っていたら、
瀬戸内海に映える壮麗な城だったに違いない。

海風を受けながら櫓を眺めていると、
「ここは本当に海とともに生きてきた城なんだ」と実感する。

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**鞘橋(二の丸と本丸をつなぐ橋)

水城らしい優雅な造り**

二の丸と本丸をつなぐ 鞘橋 も印象深い。
屋根付きの橋で、
水堀の上に静かに架かる姿はとても優雅。

水面に映る橋の影が揺れて、
高松城の“静かな美しさ”を感じられる場所だった。

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**玉藻公園の名前の由来

万葉集の「玉藻よし」から**

高松城の周辺は 玉藻公園 と呼ばれている。
この「玉藻」は、万葉集に登場する枕詞 「玉藻よし」 に由来している。

さらに、
城が完成したことで、
もともと「野原」と呼ばれていた地名が 高松 に変わった。
これが高松市の名前の由来。

歴史と文学が重なり合う、美しい名前だと思う。

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**生駒氏から松平氏へ

高松藩の歴史を支えた家々**

高松城を築いたのは 生駒氏。
その後、
水戸黄門で知られる徳川光圀の兄が藩主として入り、
松平家が幕末まで治めた。

城跡を歩いていると、
生駒氏の時代、松平氏の時代、
それぞれの歴史が静かに重なっているのを感じる。

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天守台が水堀の中に浮かぶように見える

高松城の天守台は、
水堀の内側にぽつんと浮かぶように建っている。

天守が現存していたら、
水面に映るその姿はどれほど見事だっただろう。

石垣の上に立って海風を感じながら、
「この場所に天守があった時代を見てみたかった」
としみじみ思った。

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水城ならではの静けさと美しさ

高松城は、
派手さはないけれど、
海と城が溶け合うような独特の美しさがある。

堀を泳ぐ真鯛、
水手御門、
櫓の並ぶ海側の景色、
鞘橋の優雅な姿。

どれも“水城だからこそ”の魅力で、
歩いているだけで心が落ち着く場所だった。

🌱 植物の基本情報

• 和名: カサブランカ
• 別名: オリエンタルリリー
• 学名: Lilium auratum(オリエンタル系ユリ)
• 花言葉: 「純潔」「無垢」「威厳」「壮大」
• 風水: 浄化・気品(白い花は“空間を整える”象徴)


🪴 今日の様子

数年前の1月、15cmほどの小さな苗をお迎えした。
春になると一気に成長し、最終的には2m近くまで伸びた。
その迫力は毎日見ても驚くほど。

🌿 今日の記録

• 1月:15cmの苗
• 春:急成長
• 開花時:2m近くに到達し、大輪の白い花を咲かせた


🌤 ひとこと

小さな苗が春に向かって一気に伸びていく姿は圧巻だった。
またいつか、あの白い花を見られる日が来ると嬉しい。

都城島津邸は、島津発祥の地・都城に残る、都城島津家の本邸と庭園を中心とした歴史施設で、
穏やかで広々とした日本庭園がとても印象的な場所。
“静けさ”と“丁寧に手入れされた美しさ”は、多くの訪問者が同じように語る魅力。

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① 基本情報(場所・歴史的背景)

都城島津邸は、明治12年(1879)以降に都城島津家が暮らした邸宅で、
約5,000坪の広大な敷地に本宅・石蔵・剣道場・農芸館・伝承館などが点在する。
建物の多くが国登録有形文化財に指定されている。

• 所在地:宮崎県都城市早鈴町18-5
• 営業時間:9:00〜17:00
• 休館日:月曜(祝日の場合は翌日)
• 本宅・伝承館は有料(110〜220円)

都城は「島津荘」と呼ばれた巨大荘園の中心地で、
ここから島津家の歴史が始まったとされる。




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② 庭園の魅力(穏やかで広々とした空間)

広い芝生・石灯籠・松や槙の木・自然の地形を活かした構成が特徴の日本庭園。

• 視界が開けていて、空の広さを感じる
• 建物の縁側から眺める庭が特に美しい
• 四季で表情が変わり、冬枯れの庭も趣がある
• 昭和天皇・皇后両陛下が宿泊した際の景観もそのまま残る

庭園を歩くと、都城島津家が大切にしてきた“静かな品格”が伝わってくる。

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③ 建物と展示(都城島津家の歴史を知る)

敷地内には、歴史を感じる建物が点在している。

• 本宅:近代和風建築で、昭和天皇が宿泊した部屋も保存
• 石蔵・外蔵:島津家ゆかりの品々を保管
• 剣道場:武家文化の名残を感じる建物
• 都城島津伝承館:1万点以上の史料を展示

展示内容は3ヶ月ごとに入れ替えがあり、
島津家の歴史・文化・人物像を深く知ることができる。

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④ ボランティアガイドさんの魅力

都城島津邸では**無料のボランティアガイド(要予約)**がとても人気。

• 島津家の歴史
• 都城の成り立ち
• 建物の見どころ
• 庭園の意味
• 昭和天皇宿泊時のエピソード


など、丁寧で分かりやすく、温かい案内をしてくれる。
ガイドさんの話を聞くと、ただ歩くだけでは気づけない歴史の深みが一気に広がる。

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⑤ 旅のひとこと(感想)

都城島津邸は、
“静けさの中に歴史が息づく、心が落ち着く場所”。

広々とした庭園は、風が通り抜けるたびに表情を変え、
縁側に座って眺めているだけで時間がゆっくり流れていく。

そして、ガイドさんの親切な説明が、
都城という土地と島津家の歴史をより身近に感じさせてくれる。

穏やかで、優しくて、深い。
そんな魅力がぎゅっと詰まった場所だった。
房前駅から再び自転車を走らせ、
いよいよ屋島の戦いのクライマックスへ向かう。

ここからは、
義経・与一・景清という英雄たちの物語が、
900年の時を越えて息づく場所。

歴史好きとしては、胸が高鳴らないわけがない。

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石あかりロード(静かな道に残る物語の気配)

まず訪れたのは 石あかりロード。
夜には灯りがともる幻想的な道だけれど、
昼間は静かで、どこか物語の入口のような雰囲気がある。

ここから先は、
屋島の戦いの名場面が次々と現れる。

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**景清の鍛引き伝説

豪傑の力を伝える岩**

続いて訪れたのは 景清の鍛引き伝説 の地。
平家の猛将・悪七兵衛景清が、
鍛錬のために岩を引きずったと伝わる場所。

実際に見ると、
「こんな岩を…?」と思うほどの大きさで、
伝説の豪傑ぶりがそのまま形になっている。

屋島は源氏だけでなく、
平家側の物語も濃く残っているのが魅力だと思う。

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**祈り岩

戦いの中で祈りを捧げた場所**

次に現れたのは 祈り岩。
戦いの最中、武士たちが勝利や無事を祈ったとされる岩。

静かに手を合わせると、
900年前の武士たちの息遣いがふっと蘇るようだった。

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**与一橋

名シーンの舞台へ向かう道**

祈り岩を過ぎると、
いよいよ 那須与一 の物語が近づいてくる。

与一橋を渡りながら、
「この先に、あの扇の的があったんだ…」
と思うと胸が熱くなる。

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**那須与一 扇の的

日本史に残る名シーンの地**

そしてついに、
那須与一 扇の的 の地へ。

源氏の奇襲で海へ逃れた平家の兵士たちが、
船の上で竹竿に扇を掲げ、
「これを射てみよ」と挑発した場面。

最初は兄が命じられたが断り、
与一がその役目を引き受ける。

彼は弓を構え、
こう祈ったと伝わる。

南無八幡大菩薩、
我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、
願わくは、あの扇の真ん中射させ給え。

その瞬間、風が止み、
与一の矢は見事に扇の要を射抜いた。

大喝采。
もし外せば自害する覚悟。
平家を勢いづかせるわけにはいかない状況。

まさに“武士の一矢”だった。

今では陸続きになってしまい、
ここが海だったとは思えない。
それでも、
与一の緊張と覚悟が、
風の中にまだ残っているように感じた。

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**駒立岩・菊王丸の墓

物語の余韻を深める史跡**

扇の的の近くには、
駒立岩 や 菊王丸の墓 が残っている。

屋島の戦いは、
英雄たちの名場面だけでなく、
名も知られぬ武士たちの物語も静かに刻まれている。

その一つひとつに足を止めると、
歴史がより立体的に感じられた。

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屋島のクライマックスを歩いて

義経の弓流し、
与一の扇の的、
景清の伝説。

屋島の戦いのクライマックスは、
どれも“人の生き様”が鮮やかに残る場所だった。

今回は屋島城まで登れなかったけれど、
それは次回の楽しみ。
きっと、あの城跡から見える海は、
源平の物語をさらに深く感じさせてくれるはず。

① 概要と立地

尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)は、鹿児島市吉野町にある 島津家の歴史と近代化の歩みを伝える博物館。
名勝・仙巌園(磯庭園)に隣接し、桜島を望む絶景の地に建つ。
建物自体が 1865年築の日本最古の現存する洋式工場建築 で、国の重要文化財かつ世界文化遺産にも登録されている。

• 所在地:鹿児島県鹿児島市吉野町9698-1
• 開館:1923年(大正12年)
• 世界遺産:明治日本の産業革命遺産(旧集成館機械工場)
• 営業時間:9:00〜17:00(仙巌園との共通券)



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② 歴史背景(薩摩の近代化を象徴する場所)

尚古集成館の前身は、島津斉彬が幕末に進めた「集成館事業」 の中心となった機械工場。
薩摩藩は西欧列強に対抗するため、軍事だけでなく産業・科学技術の導入を積極的に進めた。

• 1865年:洋式機械工場として建設(石造アーチを採用した先進的建築)
• 1915年:集成館事業が終了
• 1923年:島津家の歴史博物館として「尚古集成館」開館
• 2015年:世界文化遺産に登録


建物そのものが“近代化の証拠”であり、展示と建築が一体となった博物館になっている。

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③ 展示内容(見どころが多く、歴史の厚みを感じる)

● 島津家の歴史資料

鎌倉時代から続く島津家の系譜、武具、文書などが展示され、
薩摩藩の成り立ちや文化を深く知ることができる。

● 集成館事業の実物資料

• 当時の機械設備
• ガラス製造の道具
• 船舶模型
• 産業技術の導入を示す資料


薩摩切子の展示もあり、鮮やかな色彩と精緻なカットが目を引く。

● 建物そのものが展示

石造アーチ、梁、ゆらめきガラスなど、
150年以上前の工場建築がそのまま残る。
2024年のリニューアルで、工場らしさをより感じられる展示に刷新された。

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④ 現地の雰囲気

館内は“薩摩の歴史の密度”がぎゅっと詰まっている。

• 石造りの重厚な外観
• 南国らしい植物に囲まれた庭
• 桜島を背景にした圧倒的なロケーション
• 仙巌園と合わせて歩くと、島津家の世界観が一気に広がる


歴史好きにはもちろん、建築・産業・文化に興味がある人にも刺さる場所。

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⑤ 旅のひとこと(感想)

尚古集成館は、
“薩摩が日本の近代化に挑んだ熱量を、建物ごと体感できる博物館”。

展示物の豊富さだけでなく、
建物そのものが語る歴史の迫力がすごい。

鹿児島の歴史を多角的に知ることができる見応えあるスポットで、
仙巌園と合わせて訪れると、薩摩の物語が一気に立体的になる。

【コレクション紹介】伏見稲荷大社の御朱印帳と、赤の記憶

伏見稲荷大社でいただいた御朱印帳は、
表紙の赤がとても印象的で、
千本鳥居の光の道をそのまま閉じ込めたようだった。

手に取ると、
参道を歩いたときの空気や、
鳥居の影が揺れるあの静かな時間が
ふっと蘇ってくる。

御朱印の墨の線も力強くて、
「ここは特別な場所なんだ」と
紙の上から語りかけてくるようだった。

旅の記録というより、
“伏見稲荷の赤を持ち帰った”ような感覚。

ページを開くたびに、
あの光のトンネルをもう一度歩いている気持ちになる。
屋島の戦いの前半ルートを終え、
房前駅から再び自転車を走らせる。
ここからは、源平合戦の中でも特に有名な場面が残る“本格的な屋島の舞台”へ。

歴史好きとしては胸が高鳴る時間だった。

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射落畠(佐藤継信の最期を伝える場所)

最初に訪れたのは 射落畠(いおちはた)。
義経を守るために身代わりとなって矢を受け、
命を落とした佐藤継信を偲ぶ碑が立っている。

静かな場所だけれど、
その静けさがかえって当時の緊迫感を思わせる。

「ここで、確かに命を懸けた戦いがあったんだ」
そう思うと、胸がぎゅっとなる。

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**総門碑・数珠掛孫兵衛の墓

屋島の戦いの“入口”に立つ**

続いて訪れたのは 総門碑。
屋島の戦いの総門があったとされる場所で、
ここから戦場が広がっていたのだと思うと、
自然と背筋が伸びる。

すぐ近くには 数珠掛孫兵衛久重の墓。
名も知られぬ兵士たちの物語が、
こうして静かに残されているのが屋島の魅力だと思う。

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**義経 弓流しの跡

小柄な武将が背負った“武士の誇り”**

そしていよいよ、
源義経の伝説として有名な 弓流しの跡 へ。

義経は小柄で非力だったため、
使っていた弓も小さかったと言われている。
もし敵に拾われれば笑い者になる。
武士の世では、それは名誉を失うことを意味した。

だからこそ、
義経は必死に弓を拾いに行った。

「武士としての誇りを守るため」
その一心で海へ飛び込んだ若き武将の姿が、
この静かな海辺に重なって見える。

今では陸続きになってしまい、
当時ここが海だったとは思えない。
それでも、
900年前の義経の焦りや決意が、
風の中にふっと残っているように感じた。

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**洲崎寺(四国遍路の父・真念の墓)

歴史の層が重なる場所**

次に訪れた 洲崎寺 には、
四国遍路の父とされる 真念 の墓がある。

源平合戦とは別の歴史が重なっていて、
この土地がどれほど多くの物語を抱えてきたのかを感じる。

屋島は、ただの戦場跡ではなく、
“歴史の層が重なる場所”なんだと実感した。

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**石あかりロードへ向かう道のり

ここから物語はクライマックスへ**

洲崎寺を出て、
次は 石あかりロード へ。

この先には、
那須与一の扇の的、
景清の伝説、
祈り岩、
そして屋島の戦いのクライマックスが待っている。

歴史好きとしては、
ここからがまさに“本番”だった。
① 概要と立地

崇徳天皇皇后・藤原聖子(きよこ/せいし)の陵である 月輪南陵(つきのわのみなみのみささぎ) は、京都市東山区本町の高台に位置する静かな陵墓。
京阪「鳥羽街道」駅から徒歩10分ほどで、住宅街を抜け、山の斜面を登った先にある。
高台のため京都市街を見渡せる場所でもあり、訪れると空気がふっと変わるような厳かな雰囲気が漂う。




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② 被葬者:藤原聖子(皇嘉門院)とは

藤原聖子は、第75代 崇徳天皇の皇后(中宮)。
摂政・藤原忠通の長女として生まれ、1129年に崇徳天皇に入内し、翌年中宮となった。
その後、近衛天皇の准母となり、皇太后・皇嘉門院として朝廷で重んじられた。

しかし、保元の乱では

• 父・藤原忠通は後白河天皇側
• 夫・崇徳上皇は対立側


という、まさに板挟みの立場に置かれた人物。
それでも朝廷では引き続き重んじられ、晩年は京都で静かに暮らし、1182年に崩御した。
陵所はこの月輪南陵とされている。

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③ 月輪南陵の特徴

• 形状は 円墳 とされる
• 参道入口から石段を登ると、木々に囲まれた静かな拝所が現れる
• 京都駅にも比較的近いのに、驚くほど静寂
• 高台のため、京都市街を望む景観が広がる


周囲には、鵺塚・秘塚の遺物埋納所もあり、
この一帯が古くから陵墓の集まる聖域であったことを感じさせる。

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④ 崇徳天皇との関係と“怨霊”の影

崇徳天皇は「日本三大怨霊」の一人として知られ、
讃岐で崩御したのち、その御霊は恐れられた。

その崇徳天皇の皇后である聖子の陵が、
京都の静かな山の中にひっそりと残されていることは、
訪れる者に強い印象を与える。

「まさかここに陵墓があるとは思わなかった」
という驚きは、多くの参拝者が抱く感覚でもある。

怨霊伝説の中心にいた崇徳天皇と、
その皇后が静かに眠るこの場所は、
歴史の激動と人の想いが交差する特別な空気をまとっている。

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⑤ 現地の雰囲気(訪れた人の声から)

• 「京都駅の近くにこんな厳かな場所があるとは」
• 「住宅街を抜けて突然現れる神域」
• 「静かで落ち着き、空気が澄んでいる」

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⑥ 旅のひとこと(感想)

崇徳天皇皇后・聖子の月輪南陵は、
“歴史の影と静寂が重なる、深い余韻を残す陵墓”。

保元の乱という大きな争いの中で板挟みになりながらも、
皇后として、そして皇嘉門院として生きた聖子。
その人生を思いながらこの陵に立つと、
静けさの中に確かな重みが感じられる。

京都の喧騒から少し離れただけで、
こんなにも空気が変わる場所があることに驚かされる陵墓だった。
屋島の戦いの前半ルートをめぐったあと、
自転車を走らせながら向かったのは、
伝説と歴史がさらに色濃く残る後半ルート。

ここからは、物語の中に入り込んだような時間が続いていく。

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**元結(一里松跡)

旅人が髪を結い直した場所**

道を進むと、かつて旅人が髪を結い直したとされる 元結の地 にたどり着く。

今は静かな道だけれど、
昔はここを多くの人が行き交い、
武士も庶民も、ここで一息ついて髪を整えたのだろう。

「この道を、源平の武将たちも歩いたのかな」
そんな想像が自然と浮かんでくる。

屋島の史跡は、派手さはないけれど、
“当時の生活の気配”がふっと残っているのが魅力だと思う。

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**弁慶の投げ石

豪傑の伝説が残る巨石**

次に向かったのは、
その名の通り 弁慶が投げたと伝わる石 が残る場所。

実際に目の前にすると、
「こんな石、本当に投げたの…?」
と思うほどの大きさ。

もちろん伝説ではあるけれど、
その“ありえなさ”が逆に弁慶らしくて、
物語の世界に引き込まれる。

周囲はとても静かで、
風の音だけが聞こえる。
その静けさが、かえって歴史の重みを感じさせてくれる。

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**房前駅へ向かう道のり

海風と歴史が混ざり合う時間**

弁慶の投げ石を後にして、
自転車で房前駅へ向かう。

海が近づくにつれて風が変わり、
屋島の戦いの舞台が少しずつ形を帯びてくるようだった。

房前駅に着いたとき、
「ここから先は、義経や与一の物語が待っている」
そんな予感がして、胸が高鳴った。

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伝説の道を走り抜けて

元結から弁慶の投げ石までのルートは、
“物語の断片”が点々と残るような場所だった。

華やかな史跡ではないけれど、
静かな道の中に、900年前の気配が確かに残っている。

そして旅はここから、
義経・与一・景清という英雄たちの足跡へと続いていく。

① 店舗の概要と立地

しずチカ茶店「一茶」は、JR静岡駅北口地下広場にある静岡茶専門カフェ&アンテナショップ。
静岡茶商工業協同組合が運営し、約50社の茶商が選りすぐった60〜70銘柄のお茶が一堂に並ぶ、まさに“静岡茶のショーケース”のような場所。

• 所在地:静岡市葵区黒金町49-1
• 営業時間:10:00〜19:00(水曜定休)  一般社団法人 静岡県信用...
• アクセス:JR静岡駅北口地下広場から徒歩1分




駅直結で立ち寄りやすく、旅の途中でも気軽に本格的なお茶を楽しめる。

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② お店の特徴(静岡茶の魅力がぎゅっと詰まった空間)

● 茶商こだわりの静岡茶がワンコインで買える

組合加盟店の茶葉がワンコイン500円で購入できるのが大きな魅力。
季節ごとに新茶・熟成茶・水出し茶などが並び、選ぶ楽しさがある。 

● 急須で淹れる本格的な日本茶体験

カフェスペースでは、

• 1煎目はスタッフが丁寧に淹れてくれる
• 2煎目以降は自分で急須に湯を注いで楽しむ
という“日本茶の作法を体験できる”スタイル。 


上生菓子とのセットも人気で、静岡らしい上質な時間を味わえる。

● テイクアウトも充実

煎茶・焙じ茶・和紅茶・うす茶糖など、静岡らしいドリンクがテイクアウト可能。
緑茶割りなどの新しい楽しみ方も提案している。 

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③ 店内の雰囲気

木の温もりを感じる落ち着いた空間で、
お茶の香りがふわっと漂う心地よい雰囲気。

• 茶箱を使ったテーブル
• 地元木材を使った椅子
• 茶染めの暖簾や前掛け


といった“静岡らしさ”が随所に感じられる。 

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④ 御宿場印(府中宿)を求めて訪れる人も多い

訪れた目的のひとつ、府中宿の御宿場印もここで購入できる。
静岡駅周辺で御宿場印を扱う数少ない場所で、
東海道の旅を楽しむ人たちの拠点にもなっている。 

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⑤ 旅のひとこと(感想)

しずチカ茶店「一茶」は、
“静岡のお茶文化をそのまま体験できる、小さな茶の間のような場所”。

美味しい緑茶を急須で味わう時間は、
旅の途中とは思えないほど落ち着くひとときで、
静岡が“お茶の県”であることを改めて実感させてくれる。

御宿場印を求めて訪れたお店、
静岡の歴史と文化が自然につながる素敵なスポットだった。