手術日が決まって母からラインがきた。
しかし当時の私は自分のやりたいことに夢中だったことと、母に対する反発心でいっぱいだった。
母のために自分を殺して生きてきた憤りを抱いている真っ最中。
『忙しいから付き添えるか分からない』と返した。
返信がきた
『お母さんが大きな手術するのに、あんたは来れないんでしょ!』
悲しみと寂しさでいっぱいのものだった。
さて、手術開始から12時間たった。
その時我々(父妹私)は家族用の待合室にいた。
「遅いね、もう半日たった」なんて、御約束の台詞をポツポツ話していた。
父が売店で買ってきた惣菜パンなどをくれた。
「これでも食えよ」
と、何故か斜め45度フェイスで言っていた。母に永遠の片想いをしている父は、家族の中で一番不安だったのではないだろうか
13時間たったところで主治医の先生(母曰く、本田選手に少し似ているので以降本田先生)が我々のところへきて報告にきた。写真と説明と早口で大変理解できたように感じる。
無事に終わりました。手術として成功しました。
これが虫垂です。破裂して原型をとどめてませんでした。
腹膜の下腹部の部分(摘出)。子宮、卵巣は粘液が浸出していたので取りました。大腸下部も摘出。脾臓はきれいだったので残しました。これが胆嚢(摘出)。肝臓は少し焼きました。
母の大手術が終わった。
父は仏壇で神頼みをしているみたいに「ありがとうございました」とペコペコしながら何度も言っていた。
妹と二人「情けねぇな、堂々としてろや」と陰口を叩かれていても、父の嬉しそうな顔は変わらなかった。
麻酔の覚めていない母と面会すべく、ICUへ。
先頭を歩く父は、ネルシャツの裾
をマントのようになびかせて揚々と歩く
あ、母だ!
呼吸器を付けた母。これまで見たことないくらい大きく口をあけ、筒状のものをくわえていた。
「ぶふぅっ、ふっぶふっふふふ」
「おかあっさん、かっおっ、やばくっないっ?ふっふふふふ」
父、母の手をにぎる。
看護婦さん「頑張りましたよ」
妹と私「おっおかあっさんっ、ぶふっ」「がっがんばったっ」
ちょっとツボに入ってしまったが、母の顔が真っ青で手が氷のように冷たかったことは覚えている。
母はがんばったのだ。
術後のお話につづく

