1980年代頃から映画やドラマ、漫画などで「中性子爆弾」という核兵器が登場し始める。大体の作品では、水爆に変わる新しい核兵器として、爆発すると建物がそのままで、人だけが無傷のままバタバタ倒れていく内容が多いが、あまり正解とは言えない。
 中性子爆弾は水爆の一種なので建物が無事なわけないし、人が無傷のままバタバタ倒れるのは特定の条件がそろっている場合だけである。
 中性子爆弾は、水爆から放出されるエネルギーの内、中性子線を多く放出するようにした爆弾である。
 中性子線がどのように作用するのか?また中性子爆弾はどのような目的で作られたのか?それらについて解説しようと思う。

 

 

アルファ線

ベータ線

X線

ガンマ線

中性子線

組成

ヘリウムの原子核

粒子線

電子・陽電子

粒子線

光の一種

電磁波

光の一種

電磁波

中性子

粒子線

紙一枚

防げる

透過

透過

透過

透過

金属箔

 

防げる

透過

透過

透過

厚い鉛・鉄

 

 

防げる

防げる

透過

厚い水・コンクリート

 

 

 

 

防げる

①放射線について
 放射線の種類は多くあるが一般的にアルファ線ベータ線X線ガンマ線中性子線がある。それぞれ特性が違う。
 アルファ線はヘリウムの原子核と同じ粒子でできた粒子線で、質量が重くエネルギーは高いが電荷がある。つまり、物体に衝突すると物体にある原子に影響を与えるがそこで止まってしまう。これは、原子は電荷がプラスの原子核とマイナスの電子で成り立っているため、電荷がプラス同士では反発し、マイナス同士で吸引するため電荷がプラスのアルファ線は通過できず遮蔽されてしまう。
 ベータ線も同じく、電子や陽電子の粒子でできた線で、質量は軽くエネルギーは低いが電荷がある。アルファ線ほどではないが、原子に影響し、物体の透過はやや難しい。
 X線やガンマ線は、波長の短い光の一種で、質量がない。ガンマ線の方がX線よりも波長が短くエネルギーが高く透過力も高い。比重が重い元素ほど僅かな厚さで遮蔽できるので、鉛や鉄で防ぐことが多い。
 中性子線は、中性子という粒子の線で、質量は水素原子とほぼ同じだが、電荷が全くない。そのため物体に衝突しても、物体の原子の電荷に影響されないので透過してしまう。中性子線を遮蔽するには、質量の大きい重い原子の鉄や鉛よりも、質量の軽い水やコンクリートの方が効果的に防げる。

②なぜ中性子線は、重い物質よりも軽い物質の方が防ぐことが出来るのか?
 中性子線は水素原子と同じくらい軽い中性子という粒子が高速で動いている。重い物質の原子核に当たっても、エネルギーを吸収できないので中性子は速度を落とさないまま貫通するか跳ね返されてしまう。
 初期の原子爆弾の中性子反射材(リフレクター)に重いウラン238が使われていたのは、中性子を速度を落とさず跳ね返してくれるからだ。
 一方、軽い原子核の場合、中性子が衝突すると、中性子のエネルギーを受けて原子核が動き、中性子の速度が落ちていく。最後は中性子が原子核に吸収されて貫通しない。
 だから中性子の遮蔽には、軽い原子核もつ水やコンクリート、中性子を吸収するホウ素が良く使われる。
 中性子線が人体に当たると、細胞の中にあるDNAの水素結合を切ってしまい、細胞分裂が行えないようになる。JCO臨界事故で被曝した職員が、最初元気だったが徐々に具合が悪くなっていったのは、細胞分裂が出来ず次第に体中の細胞が死滅していったからである。
 また放射線を受けると、人体の消化器官(小腸や大腸)が最も影響を受けるのは細胞分裂を良く起こすからである。細胞分裂が多い子供に放射線の影響が多く出て、細胞分裂が少ない老人にはあまり影響は出ない。

③中性子爆弾は、なぜ開発されたのか?
 キューバ危機が終わってトルコにある核ミサイルは撤去されてそのままだったが、アメリカはベトナム戦争とアポロ計画でいっぱいだった。その間にソ連は、東ヨーロッパで軍事力を強化していく。
 1960年代後半にソ連は新型装甲車BMP-1を完成させる。車内から銃が撃てるうえにNBC装甲(核・化学・生物兵器対応)で時速60㎞ほどで走行する。
 1970年代前半にソ連は最新戦車T-72を完成させる。それまでの戦車と比べて速度と攻撃と防御に優れていた。
 1970年代後半にソ連は新型の西ヨーロッパ向けの中距離弾道ミサイルSS-20を配備させる。移動式で命中率も高いので、西ヨーロッパの核爆撃機の滑走路を先制核攻撃で破壊することが出来た。
 このようにソ連率いるワルシャワ条約機構は、機甲師団の能力を向上させていく。北大西洋条約機構(NATO)が恐れていた事態とは次のとおりである。
・SS-20が西ヨーロッパの滑走路を先制核攻撃で破壊して、核爆撃機による報復が出来ない状態にする。
・T-72戦車とBMP-1装甲車による機甲師団が、西ヨーロッパに向けて進撃する。
・ワルシャワ条約機構が西ヨーロッパを占領し、ソ連の悲願だったルール工業地帯が解放される。
・アメリカが核兵器で反撃しようにも、装甲車と戦車には核兵器の爆発は思うようには効かないし、まごまごしている内に西ヨーロッパが占領されてしまうと、そこの住民が「核の人質」にされてしまい手出しが出来なくなる。
・ヨーロッパ全土の共産化が完了する。
 これを防ぐためには、戦車と装甲車に効く核爆弾の開発と、SS-20に対抗するための中距離弾道ミサイルを西ヨーロッパに配備しなければならなくなった。前者が中性子爆弾で、後者がパーシングIIミサイルである。
 これを阻止するためにソ連は、西側にいる左翼のマスコミを使って「中性子爆弾反対!」「パーシングIIミサイル配備反対!」を扇動した。中性子爆弾におどろおどろしいイメージが付くのは、この宣伝の影響だと思う。

④中性子爆弾の構造と特徴
 水素爆弾の3F爆弾(核分裂→核融合→核分裂)の内、最後の核分裂は、核融合から発生する高速中性子にウラン238を当てて核分裂を起こさせ、中性子の運動エネルギーを熱エネルギーに変換する。
 中性子爆弾は、この核分裂をさせないで、核融合から発生した高速中性子をそのまま放出する。あるいば中性子増倍材(ベリリウムや鉛)に当てて中性子の放出を増やした爆弾である。
 一般的に水爆は、熱線や衝撃波による加害半径放射線による加害半径になっている。
 これを中性子の放出を多めにすることで、放射線による加害半径熱線や衝撃波による加害半径にしたのが中性子爆弾である。
 戦車や装甲車は質量の重い鉄でできており、熱線や衝撃波は防げても、中性子線は貫通してしまい、中の乗員を襲うので非常に効果的だからだ。

⑤中性子爆弾の威力による勘違い
 中性子爆弾は水爆の一種なので、威力は最低でもTNT換算1キロトン以上ある。なので少ししか爆発しないなんてことは無い。生身の人間の場合、中性子線の影響よりも熱線や爆風で死ぬだろう。
 また、分厚いコンクリートで覆われた地下鉄や核シェルター、鉄筋コンクリートビルの地下室に対しては無力である。地下鉄も中性子線が透過するなんてことは無い。地下鉄は5~10メートル程度の深い位置にあり、土やコンクリートは軽い原子で構成されていて中性子を遮蔽するのに十分である。
 例として、新宿で中性子爆弾が炸裂した場合。周辺にいた人達は放射線ではなく爆風で死んでしまう。戦車や装甲車の乗員は爆風や熱線は防げるが中性子線は貫通して死んでしまい、地下鉄に居る乗客は爆風や中性子線を防ぐことが出来る。
 地下施設を破壊するには、核兵器を地表か地中で爆発させて、その衝撃波で破壊するのが一般的で、中性子線などの放射線ではない。

⑥冷戦終結後には話題にならなくなった。
 中性子爆弾が最近聞かれなくなり、配備されなくなったのは、冷戦終結でソ連が崩壊し、機甲師団の力が弱まったことである。また湾岸戦争でイラクの機甲師団が壊滅したことで、現在はあまり戦車や装甲車を重視しなくなった
 質量のある鉄でできた戦車や装甲車を貫通に特化した中性子爆弾が、配備されなくなったのは当然と言える。他の攻撃は通常の水爆で代替できるので、無理して配備する必要が無くなったからだ。

本の紹介・・・核兵器の使用でどのような被害が発生するか書かれている。鉄筋コンクリート建築や地下施設が核爆発に強いと言うのはあまり知られていない。