私たちが相手に対して見ているものは
自分の中にあるものに過ぎなくて
自分の中にないものは
決して他者の中に見ることは
できないのですね
もしも、相手から
いかにわたしが間違っているかを
言われたとして
そのとき 心が波だって
嫌な気持ちがしたのなら
やっぱり それは自分でも
そう思っている。って
ことが多いのですね…
もしも、
相手の意見にそれほど
動揺することなく
そうね〜そうかも知れないな ♪ って
感じるときは
ちゃんと自分のコトを
受け容れてあげられていて
完璧じゃない自分でも
まっ 良いよね ♪って
自分に優しくできてるって
ことだと感じます ♡
また、相手が 執拗に
こちらを責めてくるときも
ありますよね!! 笑
そんなときは
相手が 自分自身許せずに
怒ってる !
でも こころの深い部分では
悲しんで泣いてるんですね…
「罪悪感」があるときは
かならず「怒り」や「悲しみ」が
背後にあったりします
自分のことを「悪い」と思っていて
だけど、他者から
「ヤッパリ アナタハ イケナイヒト デスネ !」
と 指摘されると
図星だから (*´-`)
余計に辛くて 悲しくて
言われなくても わかってるよ!!って
怒りたくなるんじゃないかな? 笑
そして、
自分は悪くない! 悪いのはあなただ!!
わたしは正しい! 間違っているのは
そっちのほうでしょ!!
って攻撃したくなるんです
そして、さらに、もっと
相手が間違っていることを
当たり前にする理由や
自分が怒っていることを
当たり前、当然だとする理由を
どんどん探して
自分の正しさの証明のための
資料あつめをするんですねーーっ
わたしは 散々 嫌というくらい
資料あつめをしてきました 笑
でもね、
どんなに理路整然とした
資料をあつめて
正しさの証明をしても
それで 相手が
自分の間違えを認める なんて
絶対にあり得ないのでした …
鏡の法則とは ほんとうに
よくできているものですね。。
この世界は
相手があって
自分を知ってゆくもの なんですね…
もしも
相手の中に 不快なものを
見つけたら
その不快感を摘み取って
必要なものか
いらないものか
じっくりと味わってみる ♪
怖がらずに… 大丈夫だから ♪
自分の中にあるものに過ぎなくて
自分の中にないものは
決して他者の中に見ることは
できないのですね
もしも、相手から
いかにわたしが間違っているかを
言われたとして
そのとき 心が波だって
嫌な気持ちがしたのなら
やっぱり それは自分でも
そう思っている。って
ことが多いのですね…
もしも、
相手の意見にそれほど
動揺することなく
そうね〜そうかも知れないな ♪ って
感じるときは
ちゃんと自分のコトを
受け容れてあげられていて
完璧じゃない自分でも
まっ 良いよね ♪って
自分に優しくできてるって
ことだと感じます ♡
また、相手が 執拗に
こちらを責めてくるときも
ありますよね!! 笑
そんなときは
相手が 自分自身許せずに
怒ってる !
でも こころの深い部分では
悲しんで泣いてるんですね…
「罪悪感」があるときは
かならず「怒り」や「悲しみ」が
背後にあったりします
自分のことを「悪い」と思っていて
だけど、他者から
「ヤッパリ アナタハ イケナイヒト デスネ !」
と 指摘されると
図星だから (*´-`)
余計に辛くて 悲しくて
言われなくても わかってるよ!!って
怒りたくなるんじゃないかな? 笑
そして、
自分は悪くない! 悪いのはあなただ!!
わたしは正しい! 間違っているのは
そっちのほうでしょ!!
って攻撃したくなるんです
そして、さらに、もっと
相手が間違っていることを
当たり前にする理由や
自分が怒っていることを
当たり前、当然だとする理由を
どんどん探して
自分の正しさの証明のための
資料あつめをするんですねーーっ
わたしは 散々 嫌というくらい
資料あつめをしてきました 笑
でもね、
どんなに理路整然とした
資料をあつめて
正しさの証明をしても
それで 相手が
自分の間違えを認める なんて
絶対にあり得ないのでした …
鏡の法則とは ほんとうに
よくできているものですね。。
この世界は
相手があって
自分を知ってゆくもの なんですね…
もしも
相手の中に 不快なものを
見つけたら
その不快感を摘み取って
必要なものか
いらないものか
じっくりと味わってみる ♪
怖がらずに… 大丈夫だから ♪