またまた、ちりとてちん関連記事(前回の続き編)です。
朝日新聞(関西版)7月22日のちりとてちん関連記事です。
前回と同じ「たまには手紙で」という記事で先日掲載した記事
の続きです。
今回は吉弥さんから茂山さんへの手紙、7通目です。
今回も印象に残った記事から一部紹介します。
君からの手紙読んで思った。お互い大師匠持って幸せやっちゅうことやね。その幸せについて、今度是非朝まで語り合おうか。楽しみにしてる!
狂言もセリフを教わるのは口移しでしょ。師匠から一言一句口伝してもらう。落語の稽古もそうで、内弟子の3年間で僕は師匠の桂吉朝に口移しで10本の落語を教えてもらった。この時って型にはめられるやん。ちゅうか、師匠が言うてることをそのまま言いなさいやもん。嫌でもそうなるわな。
~~中略~~
今なら、すごく良く分かる。たかだか何年か落語かじったもんが、自分で演出するてなおこがましい。師匠がええと思って出してるれてはった「吉弥の発端」のやり方を変えてしもて。今考えるとものすごい恥ずかしい。もったいないことをしたなあと思うわ。師匠の言うた通りやってたら、お客さんはもっと喜んでくれはったと思うわ。
~~と話しはまだまだ続きます~~
上記記事、朝日新聞(関西版)7月22日の記事から抜粋しました
画像上をクリックして頂きますと、詳細に記事の内容読めると思います
今回の記事を読んでいますと、落語、狂言って師匠から教えてもらう方法って口移し(口伝)なんですよね。ちりとてちんの中でもそうであったように。
本とかマニュアルとかも無く、これ大変だと思います。
実際、落語演目(たとえば愛宕山)を聞いてみても演じる人によって内容が違うんです。仕える師匠、一門によって同じ演目でもそれぞれの個性というのでしょうか?
ちりとてちんの草若師匠が言っていたように「お前は落語という大きな流れの中におる」その言葉を思い出しましたが、師匠、一門の伝統文化を伝えていく、そういったことなんでしょうね。