『最強の武道とは何か』ニコラス・ペタス | すっぴんマスター

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■『最強の武道とは何か』ニコラス・ペタス 講談社プラスアルファ新書



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「全日本人、いや世界中の人間が知りたい永遠のテーマ、それは「最強の武道」――地上最強と謳われた極真空手の創設者、大山倍達の最後の内弟子にして「碧い目のサムライ」と呼ばれたK-1ファイター、著者が自分の肉体を的に実地に体験した結果を全報告!極真、沖縄空手、柔道、相撲、合気道、剣道、弓道、あるいはK-1……最強の武道とは何か!?」Amazon商品説明より




極真空手の名選手であり、K-1ファイターでもあったニコラス・ペタスの、さまざまな武道の体験録。

本書のもとになったのはNHKで放映された『SAMURAI SPIRIT』という番組の出演ということで、長年空手にたずさわり、武道ということ、また強いということについて考えを深めてきたニコラス・ペタスが、これを契機に、番組での体験を追うかたちで執筆されたもの。テレビでご存知のかたも多いとおもうが、ニコラス・ペタスというひとは日本語がぺらぺらである。特に執筆の方法については触れられていないので、ご本人が記されたものということでいいのだろうけれど、たいへん読みやすく、またなによりおもしろい本で、すぐに読み終えてしまった。


タイトルに見える問いは、格闘技を経験したことのあるもの、また興味をもったことのあるものなら、誰もがいちどは浮かべたことのあるものだろう。けっきょくのところ試合で競えるのは個人の強さであるし、試合である以上ルールもあるわけで、同じボードゲームの達人だからといって、最強の雀士とチェスのチャンピオンがオセロで勝負しても意味がないわけである。だから、この問いはほとんど成立していないし、誰もがそのことを、考えずとも直観している。にもかかわらず問うことをやめることができない、これはそういう問いである。なぜそうなのか、たぶん、この手の問いがいつの時代も立ち上がってくるのは、「最強」が存在してほしい、という願いのようなものが、ひとびと、というかはっきりいってしまえば「男たち」のなかにあるからだろう。というのは、この問いが成立するとき、「最強の武道」は存在することになるからである。ほんらい、わたしたちのうちでこの問いが成立する前に考えなくてはならないことは、「最強の武道というのは存在しうるのか」という原理的な問いのはずである。しかし、にもかかわらず、ほとんどのばあい、わたしたちはこれをとばしていきなり「最強の武道」について語ろうとする。そうなると、そこに願いが、希望があると考えるほかない。


とはいえ、ニコラス・ペタスがさまざまな武道に触れていくスタンスはそれとは異なっている。いってみれば、本書のタイトルが投げかけているタイトルは、各武道それぞれが抱えている問いであり、それに応じるようにして成り立ってきたそれぞれの「最強」を、世界チャンピオンとまではいかなかったがフルコンタクト空手の最前線でたたかってきた著者が体験すると、そういう仕組みになっているのである。


番組そのものは見ていないので、その空気感はいまいちわからないが、この手の企画というのはちょっとした緊張感のともなうものではないかと想像する。テレビ局を通しているとはいえ、ある似た分野で成果をあげてきた人物が、じぶんのところにどんなもんかとやってくるわけである。もちろん、そんなことで眉をつりあげるような狭量な人物はそもそも「武道」の世界にはいない、ともいえるかもしれないが、しかし取材はかなりスムーズにいったんではないかと想像する。というのは、ニコラス・ペタスの人柄である。なんでもわからないことはどんどん吸収していこうとするような不思議な貪欲さと、独特の謙虚さの混在した、たぶん取材の対象となったひとたちも好感をもたざるを得なかったんじゃないかという、その人物なのである。


個人的には、ちょうどニコラス・ペタスが極真会館に所属し、活躍していたころはいちばん空手の試合を見ていたので、裏話とまでいかなくとも、著者の目を通した「フィリョ対数見」の感想なんかも聞けて、前半は非常におもしろかった。また著者は「大山倍達最後の内弟子」としても知られている。総裁が存命のころは若獅子寮というのがあって、そこで1000日間の修行が行われていたのである。あこがれもこめて語られる総裁の姿はリアルで、体温がかよっている。また後半、沖縄空手や相撲に取材するにあたっても、極真、というよりは大山総裁の言動がくりかえし思い起こされるので、とりわけ極真空手経験者には非常に読みやすい本になっているんじゃないかとおもう。


その取材も、わかりきったことばかり書いているのではない。沖縄空手の凄み、横綱の神のような迫力、柔道のリアリティ・・・どれもわかりやすく解釈されている。とりわけ合気道の項目は、興味深かった。合気道というのは、いかにもミステリアスな技術である。塩田剛三は、強かったという。そして、そこにいたるまでには、ちょっとやそっとの稽古では及ばない。映像で見られる「やたらと盛大に吹っ飛ぶ弟子たち」というのも、あれは要するに受身をとっているからなのである・・・そういうことを、特にバキを読んでいるような種類のかたたちは、理解されているはずである。それであるのに、なぜか消えることのない神秘性。そのあたりについて、「これこれこうだから強いのだ」という計量的語法ではないしかたで聞けたのは、ひとえに「きちんとひとのはなしをきく」ニコラス・ペタスの人物によるもので、これこそがこのひとが一流である理由なんだろう。合気道のなんたるかについては内田樹もくりかえし書いているが、ニコラス・ペタスのくちからこういうことが語られるというのもまた、価値があるとおもう。