「あなたは大人になった夢を見ている高校生だって自分でわかってるんでしょ」赤いペタネコはタカの感じたことをそのまま口に出した。驚いたタカの顔から血の気が引いていく。
「あなたは明日、目覚めたら自転車に乗って学校に行くの。授業を受けて、放課後には部活動をするのよ。仲間達と準備体操をして、そして練習で競い合う。あなたは喜んだり、怒ったり、悔しがったり、そして恋をしたり、失恋したり、信じたり、裏切られたりするのよ。青春て言うんでしょ?いろんな青春があるんでしょ。涙ばかりの青春もあるんでしょ?」赤いペタネコはそこまで話すと急に黙り込んだ。
「僕は高校生なの?本当に。何が夢で何が現実なの?」
「知りたいわよね」そう言って赤いペタネコは大きく息を吐き出した。
「いい?残念だけど、あなたは目覚めることはない。この物語の続きの中で生きていくの。ここで、きっちり生きた後に目覚める時がやってくる。まず、やらなければならないことがある。家へ帰ることよ。そして、誰もいないあなたの家をきっちり片付ける。捨てるのよ。色んな物をみんな捨てるの。そしてたくさんの隙間を作るの。隙間だらけの家。今のあなたを作っているのは過去のたくさんの悲しい出来事だなんて、そんな大きな荷物は捨てるのよ。
そして、じっと待っていて。耳を澄ませて、心を澄ませて、じっと待っているのよ。寒い日と寒い日の間に、春の匂いを乗せた風が吹く日がある。寒さの厳しさに焦点を当てちゃダメ。その寒さの優しさが春の匂いを乗せた風を創り出しているの。寒さをしっかりと感じるのよ。春を創り出しているそのしくみを喜びながら感じるのよ。そうしていれば、必ず風が吹く。その時、あなたを訪ねるものを受け入れるのよ。見逃しちゃだめ、きっちりと受け入れるのよ」
そう言って、赤いペタネコはタカの手を握ったまま立ち上がった。タカは引きずられるように立ち上がる。
「歩くの。そして走るの。転がったら起き上がるの。そして走り方を変えてみるの。そして、一番大切なのは勇気を持ってとびこむことよ・・・」
赤いペタネコはタカの手を握ったまま岩から飛び降りた。タカは何も言う暇もなく「えっ」といっただけで、そのまま一緒に落ちていった。
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その18
「父って、ペタネコは君のおとうさんなのか?」
「たぶん、あなたの言うペタネコが私のお父さんならね」
「元気なのかい?」
赤いペタネコは、その質問には答えずに、座り、ゆっくりと話し始めた。
「ねえ、ネコは生まれてからたくさんのネコに出会うの。素敵な仲間たちに囲まれて生きていくの。なぜだと思う?他のたくさんのネコが私の様々なピースを持っているのを知っているから。私のかけら。私の部品。
私が何かを強く望む。例えば、あの山の向こうに行きたいって。でも私にはそんな勇気はない。それでもネコはあの山の向こうにたどり着いている自分を信じることができるの。そして、いつかあの山のむこうに行くことができる。」
暗闇の中から、少しだけ子どもっぽい赤いペタネコの声だけが聞こえてくる。
「その方法を知りたいでしょ。ネコはネコに会いに行くの。素敵な仲間達に会いに行くの。素敵な仲間達の誰かが、私の今必要なピースを持っている。でも誰が持っているかはわからない。だからたくさんの仲間に会いに行くの。そして、出会った人と心が通じた時、その持ち主が私に勇気と書いてあるピースを私にはめ込んくれる。レゴブロックを作っていくみたいにね。そう、たくさんの仲間がたくさんのピースで私を組み立てていってくれる。だから、ネコは困ったりしない。それを知っているから」
タカはたくさんの隙間のある、赤いペタネコを思い浮かべた。レゴでできている赤いペタネコは赤レンガの倉庫のようだった。
「ネコは完璧な存在なのかい?」タカは以前、ペタネコの話していたことを思い出しながら訊いた。
「完璧な存在?さあ、どうかしら。完璧な存在って、あなたにとってどんな意味がある?」 タカに非現実感が襲いかかる。タカの心は思春期の時代に戻っていく。成人した自分、働いていた自分、何もかもが非現実的な気がした。高校生の自分が将来の夢を見ている、その続きの中にペタネコというおかしな奴が、しかも2匹も現れ、訳のわからない話をして僕を混乱させている。
「完璧なんて、つまらないと思うよ。でもぼくらがめざし続けているものは、それでもやっぱり、完璧、なものなんだ。完璧にたどり着くこと、それが夢を達成することなんだ」
赤いペタネコは「素敵ね」と言ってタカの手を握った。
その17
「誰・・・」タカは怯えるように言葉を出す。
「その質問。あなただったら、どう答えるの?」赤いペタネコが言った。
「自分の名前を言う・・・僕は・・・」タカの言葉を遮って赤いペタネコは言った。
「名前を持っていない者だっていくらでもいるわ」
「じゃあ、どこに住んで、どんな価値観を持っているかを伝える」
「住んでいるところがあればね。価値観をもっていればね」
「でも価値観はあったほうがいい」
「何故?」
赤いペタネコは微笑みながらも遠慮なく訊いてくる。タカは赤いペタネコの質問の答えを考えながら、自分の鼓動が激しくなって来るのを感じた。
「生きていく意味を知らずに生きていくのって変じゃないか?例えば義務でフランス料理を食べなくちゃならないとか、オーロラを見るツアーに参加している間じゅう、おしっこをがまんしながら、歯に挟まったほうれん草をベロでとろうと挑戦し続けながら、督促の来ていた国民年金の支払いのことと、そういえば家の鍵をかけてこなかったかもしれないことが気になり続けていて、おまけに二日酔いで頭は痛いし吐き気をするし、だけど、このツアーには100万円も払っていて、その半分は借金だし損しちゃいけないと思い続けているような、そんなのっていやじゃないか」
「あなたは、そう思うのね?」
「誰だってそうだろう」タカはそう答えながら、何故こんなにも一所懸命質問に答えようとしているのか、そんな自分がおかしく思えてきた。
「誰だって、なの?」と赤いペタネコ。
「そう、ネコだってさ、きっと。ねえ、もういいよ。君がいったい誰でも、価値観を持っていなくても。僕はただ、君によく似たネコにあったことがあって、しかもこの場所で。だから、君とそのネコが関係あるのか、知りたかっただけなんだ」
「父のことかしら?」
タカは驚いた顔をして赤いペタネコの頭から足の先まで、視線を何度も往復させた。
「父、って言った?」
つづく
