あなたの名前を
呟くように
誰にも聞こえないように
そっと声に出す
喉から
舌から
淡く甘さが鼻にぬけて
胸が詰まる



あなたの名前を
紙の切れ端に
誰にも見られないように
そっとペンで書く
指先で
なぞれば
インクのにじんだ指だけが
温かくなる





いとおしさに負けて
あなたへと伸ばしかけた手は
ためらって傍らの花を摘む
少し肌寒い風に吹かれて

花の冠をひとつ編んで
そっと小川の流れに乗せた
どこへも辿り着かないだろう
あなたは知っているだろうか


名前も知らない花が
強い風に散るその前に
小さな花を手折り続けるきみの
横顔の影が野原に揺れる

水辺へときみは駆けてゆく
眩しくて追いかけられない
光に溶けてしまいそうなその姿
触れずに抱きしめるような祈り


 



曇り空の高速道路を走る車の中で
カーステレオの音楽に耳を傾けながら
ふたりは他愛ないおしゃべり
フロントガラスに落ち始めた雨粒を見て
彼がワイパーのスイッチを入れ
彼女は助手席でその音を聞きながら
灰色の空の下に広がる街を眺める

いくつもの高層ビルやクレーンが
窓ガラス越しに現れては通り過ぎ
雨の中で少し煙って見える
遠くに見えた観覧車に彼女が声を上げる

観覧車、乗りたいな
と彼女。
好き?
と彼。
好きじゃない?
実は高い所ってあんまり
じゃあ一緒に乗れないね
でも行こうよ
今日?
今日は雨だから
じゃあ今度晴れた休みの日に
うん約束、晴れの日に

高速道路がカーブに差し掛かり
ふたりの視界から観覧車が消えていく
雨は柔らかく降り続いている