「つぼとるさん!こっちですよ〜」

明るい声の方へ視線が向かう、アパートの2階から彼女が手を振るのが見えた。
都内からは電車で1時間ほどかかる郊外のエリアだが、1部屋目よりも海が近く。
2部屋目よりも明るく、広い、2LDK、南向きの60㎡近いお部屋だ。

嬉しいことや良い方向に向かって欲しいと思ったことには、ついつい「いいね!」してしまう。
「いいね!」という表現が適切でないシーンでも、「見てるよ!」「応援してるよ!」というのが伝えたいことで、彼女の同棲を開始した新しい住まいのことも、そんな「いいね!」をきっかけに再び撮影の機会をいただくことができた。

「この部屋は室内だけでなくて、景色も良いんですよ。特に春は最高なので後で海にも行ってみてくださいね。」
海はお部屋からも見られるから、もう十分なんじゃと思いつつ、彼女の地元も海が近かったことから、「海辺のまちに住みたい」と話していたのを思い出す。
僕自身も港町の出身でその気持ちはよくわかる。別に頻繁に泳いだり、船に乗ったりするわけでもないが、海という景色に惹かれてしまうのだ。
京都に本店があるラーメン店、天下一品(天一)が時々無性に食べたくなるのと同じように、無性に地元の海を見たくなる時がある。(天一と違ってチェーンじゃないので、大抵諦めるしかないのだけれど。)

そんな海が、新しいお部屋の窓からはすぐに見ることができた。新しい彼氏はサーフィンが好きで、海の近くのまちに住みたい気持ちは一致したらしい。玄関とリビングに複数の
サーフボードがあった。ただ趣味はあっても、お部屋へのこだわりはないらしくお部屋のことは彼女に一任しているとのこと。2部屋目で集められたインテリアはより広々とした空間で今度は間接照明無しにも存在感を示せるようになっていた。

またソファやカフェテーブルといった新入りの存在も目立つ。
「平日は、仕事のリズムが違うのであまり一緒のことは少ないんです。その分、一緒にいられる夜の時間や休みの日は一緒に寛げるようにインテリアを買い足しました。」
ものの充実はもちろん、何よりも住まいや暮らしについて穏やかに語らう彼女自身にこれまでにない、安心感や幸福感を感じることができた。

撮影は無事に終わり、最後に持参したお菓子と淹れてくれたコーヒーで一息つくこととなった。コーヒーとともに個包装されたお菓子が一枚のお皿に乗せられ運ばれてくる。
「あれ?このお皿って…」無意識に口から微かな記憶と結びついた言葉がこぼれた。
1枚のお皿そのものを見たことはなかったが、縁に描かれた花の絵柄を確かに覚えていた。
彼女は一瞬、話した記憶のないお皿に対する反応に戸惑いつつ、同じ記憶にたどり着いたのか話し始めた。
「前に、このお皿が割れたのを見られてましたよね。今回の住まいに引っ越して少し余裕もできたので金継ぎして使っているんです。家族の、亡くなったおばあちゃんからもらったお皿だったので、いつかまた使えたらと思ってずっと保管していて。」
変わる暮らしの中で、変わらない思いに触れた気がした。彼女の雰囲気はお部屋とともに変わっていったが、きっと根幹にある大切にしたいものや暮らしのイメージがあるからこそ前に進み続けられたのだと実感する。

「次はマイホームですかね。」なんて話をして住まいを後にし、せっかくだからとすぐ近くの海岸に足を運んだ。
春のせいか、穏やかな彼女と話したせいか、海風はどこかいつもより柔らかく感じられる。やっぱり海はいいなぁと後ろ髪を引かれつつ、帰ろうとした時、ひらりと一枚の花びらが海に運ばれていくのが見えた。
咄嗟に後ろを振り向く。なるほど春が最高か…。海に夢中で全く気づかなかったが、高台には彼女の住まいにかかるように満開の桜が咲き誇っていた。