「せっかくなので Instagramもリセットしたくて。」
1万人以上のフォロワーに、案件もいくつかこなし、投稿はほぼ毎日のようにしていた。
彼女自身にファンもついているだろうに、アカウントを乗り換えるのか。と思ったけど
肥大していくアカウントに気疲れや楽しいものから作業のようになって体力的にもしんどくなってきていたのかもしれない。

1部屋目に話した時も、SNSはあくまで好きでやれる範囲までと話されていたので、予防線がしっかり作用したのだろう。

新しいお部屋に伺いたい気持ちもあったけど、今じゃないなと思って
「落ち着いたら、ぜひお部屋を撮影させてくださいね。」と返して終わった。

それから更に1年後、桜もいよいよ咲き出した頃にメッセージが届いた。

「お部屋がいい感じになってきたので、機会があればぜひ!」
僕は急いで掲載出来そうなメディアを調整し、日時の調整を彼女と行った。

なんとなく早い方がよいかなという気持ちがあって、それはSNSの投稿に仕事へのストレスが垣間見えることが増えた気がしたからだった。
取材に行ったお部屋の方は、基本取材後もフォローし続けていて、勝手に知人以上、友達未満くらいの感覚でタイムラインに上がってくれば見るようにしているのだけど
ハッピーな投稿とマイナスな投稿はやはり目を引きやすく、彼女の投稿も感覚的に目に入る機会が増えているような気がした。
撮影はもちろん、何か話を聞くことでもお役に立てるかと思い、お部屋へ向かう。

連絡のあった住所に辿り着くと、そこは都心でありながらほどよく落ち着いた住宅街。

オートロックを解除してもらい共用部に入ると薄暗く、少し静かすぎるくらいだった。
お部屋のある階に移動し、インターホンを押す。中からは前回よりも少し落ち着いて、疲れているようにも見える様子の彼女が出てきた。


お部屋は1部屋目と異なり、東向き、20㎡弱の小さなワンルーム。
マンションに多い、細長い間取りもあり窓際こそ明るいが、玄関やキッチンスペース周りは日中でもかなり暗かった。そんな環境もあって疲れているように見えたのかもしれない。
余計に心配にはなったのだが、同時にお部屋を見渡して気づくこともあった。
部屋の広さに応じて、ものの数こそ減っているがお部屋に温かみのある印象を受ける。前回のバラバラと散らばって見えたテイストは、おそらく彼女が好きであろう落ち着きのある木の色合いでまとまっていた。
「仕事が大変な時も、家に帰ったら落ち着ける。そんなお部屋にしたくて。」
以前はなかった間接照明によって、各スポットのアイテムが照らされる。暗い舞台で照らされる役者のように際立って見えた。

「お部屋は狭くなったのですが、その分、本当に好きなものに向き合えるようになった気がするんです。」
お部屋の中心で話す彼女もまた、この空間にランプを灯すように主として淡く、優しく光っているように感じる。そう、確かに前に進んでいるんだ。当時はまだ同じ方を複数の物件通して撮影したことが少なかった僕は、住まいとともに成長していく人の姿を彼女に見た気がした。

「春だなぁ。」
何かが新しく始まったり、終わったり。そのどちらも前に進もうと、変わろうとしている。
彼女が背にした窓には三分咲きくらいだろうか、風に吹かれながらも満開の時を今か今かと待つ桜が見えた。それはまるで次の暮らしの舞台を前にした緞帳のようで、彼女の舞台の展望にまた期待を膨らませた。


それから2年。またしてもSNSで引っ越したことを知る。
壁に立てかけられた2つのサーフボードに、窓から見える綺麗な海の写真に反応すると
すぐに、個人メッセージでも連絡をくれた。
(3部屋目へ続く)