8月に行われた、不登校に関する対談。前文部科学省事務次官の前川喜平さんも、不登校の時期があったのだという。対談の内容を、自身も3人の不登校児をサポートするライターがまとめる。(取材・文/フリーライター 麓 加誉子)一部のみ掲載します続きは上記ホームページでご覧ください。
末っ子娘とその友人と3人で
小さな団体を立ち上げた
8月5日の午前中はバタバタだった。取材へ出かける間際の私は4リットルのお茶用やかんを火にかけ「沸騰したらお茶っ葉入れて冷やしてね」と叫ぶ。
ハイハイ、と下の息子の面倒そうな返事。
「暑いからこまめにお茶飲んでね」
ハーイ、と末っ子娘返事。これも面倒そう。
猫たちのエサがなくなりそう、とこんな時に言うのは上の息子。私はリュックに入れた財布をもう一度引っ張り出して千円札をテーブルに置く。
「誰か行ける人が買い物行ってね」
ハーイ、とハイハイ、が重なる。
「じゃあ、行くね。ちゃんと食べてね」と私は玄関で靴を履く。鍵をかけに来てくれた下の息子が「がんばってね」と言う。「はーい」と返事して、私は暑さでとろけそうな道を駅に向かって走った。
こんな会話をもう5年繰り返している。夏休みだから、ではない。毎日だ。わが家の3人の子どもたちはそろって不登校なので、毎日そろって家にいる。私は外出する時いつもドキドキする。留守中になにか起きたらどうしよう……。
はっきり言って、子どもは学校に行ってくれた方が親は断然楽ちんだ。他人に責任を委ねられる時間があるのは親にとっても大きなサポート。不登校になったとたんに、家での学習面で見てあげなければいけない時間も心のケアも心配事の量も使うお金も、激増する。一方、外部からのサポートは激減する。
それでも仕方ない、彼らは学校に「行けない」のだもの。不可能なことをごり押しするよりも、できることをやろう、できれば「学校に行かないからこそできること」をやろう、とわが家は試みてきた。
その一方で、子どもの中でなにが起こったから、彼らは学校に行けなくなったのだろうと、私はずっと考え続けている。その理解の基礎の上で、親になにができるか、と考えている。
今年に入り、末っ子娘とその友人と3人で「Teen’s遊びと語りの場 まつど*あそびラボ」という小さな団体を立ち上げた。10代の子どもとその親の居場所づくりを始めたので、「子どもを取り巻く大人たちができること」も勉強中だ。
「学校に行けない子ども」の内情理解と、大人たちにできることはなにか。今月、そんなテーマのアンテナにビビビ!と引っかかる勉強会を見つけたので参加してみた。
NPO法人非行克服センター主催の「教育・福祉・子育てを学び合う講座」。いくつか連続するプログラムのひとつに、前文部科学省事務次官の前川喜平さんと、ストップいじめ!ナビ副代表理事の須永祐慈さんの対談があった。テーマは「子どもたちの今とこれから」。
対談は、それぞれの不登校体験から始まった。
前川喜平さん
「私も不登校の体験がある」
「私も不登校の体験があるんですよ」と前川さんが話し始めて、私はびっくりした。小学3年生の時、学校に行けなかったのだという。事務次官にもなった人が不登校?「そのあと転校しましてね、また行けるようになりました。でも私立中学に入った後も休みがちだった時期があるなあ」と前川さん。
須永さんの体験は聴くのがつらかった。小学4年生で転校した先でいじめにあったのだという。
「始まりはほんとうにちょっとしたいたずらでした。でもそれが2人、3人と増えていき、つらくなっていった。先生に騒いだと叱られるのもなぜか私。やがて無視と陰口が始まり、限界になっていきました」
その頃の気持ちや身体症状の一部として須永さんが羅列したものを見て、私はうーん、とうなった。わが家の子どもたちが行けなくなった時の様子とよく似ている。わが家の不登校っ子たちは、行けなくなった理由がはっきりしない。いじめられたから行けなくなったということではない。
それなのに、表出するつらさは同じ(もちろん、つらさのレベルは違うかもしれないが)。これはいじめに匹敵するストレスを受けた、ということなのではないか。しかし、どうして学校がそれほどのストレッサーになってしまうのか、考え込んでしまった。
「なに必死になっているの?(笑)」
という空気
須永さんの活動は幅広い。「ストップいじめ!ナビ」の他にも、「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」や子ども向けの民間電話相談「チャイルドライン」など、子どもを取り巻く問題に広く取り組んでいる。
そんな須永さんは、学校がストレッサーになってしまう原因として、いじめ、ブラック校則、最近「指導死」で注目されている、行き過ぎた指導などを挙げた。また、先生が生徒をクラス全体の前で叱ることで、クラス全体に注意する「公開処刑」が増えていることも指摘した。
「公開処刑」――。
子どもにもプライドがあって、人前で恥ずかしい思いや悔しい思いはしたくないはずだ、大人は子どもにそういう思いをさせるべきではないと考える私にはまったく共感できない叱り方だ。そして、その弊害は実際に子どもたちに現れている、と思う。
がんばっている子に向かって「なに必死になってるの?(ニヤニヤ)」という揶揄(やゆ)や、努力を笑う風潮が蔓延している、と感じる。目立つことは悪いこと、だから目立たないようにしよう、と自分を抑え、型にはめている様子は子どもたちの話の端々から感じていた。
そして、そんなことを相談したくても、学校の先生はとても忙しそうで、相談を持ち込みにくかった。「現場に余裕がない、先生が忙しすぎる」と須永さんは指摘する。「そのしわ寄せは子どもたちに行ってしまう」とも。
「余裕がないと人は自分で自由に考えるということが難しくなる」と前川さん。そこにさらに「明治期からの学校教育の揺れ」が加わっていると話す。「個人を大切にしようという流れと、全体主義的な流れが行ったり来たりしているのが日本の学校教育。今また個人よりも全体という流れが来ているから、子どもたちは息苦しいだろう」と。
適応できていないのは
子どもなのか
わが家の子どもたちが学校に行けなくなった頃、誰かから聞いた言葉がよみがえる。
「不登校というのは、学校がつらくて家庭に逃げ込んでいる状態です。緊急避難しているんです」
逃げ込んで来てくれるということは、ここなら大丈夫、という信頼の証し。親として素直にうれしかった。
「学校はもっと子どもたちにとって居心地の良い場であるべきなんです」と前川さん。居心地が悪い場からは誰だって逃げたい。
「子どもは本来のびのびしている。それを型にはめようとする学校には、適応できないのが当たり前。不登校になった子どもの方が正しいかもしれない」
話を聴きながら、私は「緊急避難できない子ども」の危機を思った。家庭環境が良くなくて、家庭の居心地も悪い子どもは、いったいどこに逃げ込めるのだろう。そして、そんな子どもには、行政や民間問わず、居場所や相談機関の情報も届きにくいのが実態だ。
「子どもを靴に合わせることは不可能、子どもに靴を合わせるのだという言葉がありますが」と須永さんが切り出し、「学校に子どもたちを合わせるのではない、子どもたちに学校が合わせていくべきなんですよ」と前川さん。
「適応できていないのは子どもではなく、学校教育の方」
先生にも
当事者として発信の場を