「・・・おじゃましまぁす。」
「どうぞ。」
森都の両親は、森都や葉月たちが高校1年の時に交通事故で亡くなった。
家族には、7歳年下、小5の二卵性双生児の弟と妹がいるはずだが・・・。
「安心してください、2人は友達と遊んだ足で習字に行くそうなので、
7時過ぎまで帰ってきませんから。」
「安心って・・・」
現在時刻5時をまわったところ。
・・・安心なんて全然できない。
そのまま森都の部屋に入る。
小学校に入ってからの付き合いである光矢や魅雪、海保と違い、
葉月と森都は生まれて物心つく頃からの幼なじみ。
当然、お互いの家に行ったことも数え切れないくらいある。
(・・・でも、こんな緊張するのは初めてかも・・・ 苦笑)
と葉月は、森都の部屋に入って改めて思う。
「クス・・・葉月、そんな突っ立ってないで座っていいんですよ?」
「え・・・あ、ごめん・・・」
森都に促され、ベッドに腰掛ける。森都は勉強机の椅子に座る。
「・・・・・・さて、話ですが・・・」
おもむろに森都が切り出す。
すると、葉月がその後を引き継いで言う。
「・・・海保のことでしょ?」
すると、森都が頷き、きっぱり言う。
「ええ。甘やかしすぎです。」
「そう・・・かな・・・。」
「あんな明らかに狙っている甘え攻撃に負けるなんて・・・
昔から貴方は海保に甘かったですけど。」
「・・・返す言葉もないです・・・(-_-;)」
「しかも共謀して僕に隠し事ですか?」
「・・・・・・あー・・・うん・・・ごめん・・・」
森都の矢継ぎ早の追求に、言い訳できない葉月は言葉に詰まって謝罪を漏らす。
幼い頃から、一番長い付き合いの森都にだけは、
自分がいつも教師相手に使う言い逃れもはぐらかしも通用しない。
だからこそ、葉月は森都に叱られるのが苦手だった。
普段リーダー的立場の葉月を森都が叱る、という状況は、回数こそ少ないが・・
「ふぅ・・・・・・海保だけああやって叱るのでは、不公平ですかね?」
息をついて森都がそう聞いてくる。
「え・・・」
「不公平ですよね?」
明らかに『そうですね』と言わせようとしている。
しかし、「海保だけ『ああやって』」というのは・・・
「・・・本気?(汗)」
そう尋ねると、森都が眼鏡を外して見つめてくる。
その眼光はとても鋭くて・・
「冗談言ってる目に見える?」
「・・・・・・見えません・・・」
こうなれば完全に立場逆転だ。(最初から何となく逆転はしていたが・・・)
いつもの敬語口調も崩れ始めている。
普段滅多に起きない立場逆転。
森都が葉月の上に立つ瞬間。
・・・こう考えると、葉月たちグループで、
普段のリーダーが葉月であれば、裏の実権を握っているのは森都かもしれない。
森都のその様子に、葉月は言葉をなくす。
「大丈夫、海保みたいな子供扱いはしない。ここに、手、ついて。」
そう言って、森都は勉強机・・・ではなくて椅子を指し示す。
キャスターはついていないタイプだから危なくはないが・・・
「何で椅子?(^_^;)」
「だって机じゃ高さが高すぎるから。
海保の時はお仕置きの頻度が多すぎて、面倒で机にしてるけど。」
「・・・そう・・・ですか・・・」
葉月は諦めて、椅子の座面に手をつく。
確かに、机より明らかに高さが低くて、お尻はより突き出される。
つまり・・・恥ずかしさもよりアップ。
「ちょっと・・・待ってね・・・あ、動かないで?」
森都はそう言うと、いったん部屋を出て行った。
そういえば、森都が座っていたときと椅子の位置を動かして、
なぜか椅子が出入り口のドアを向いているので、
(この体勢・・・はっず・・・)
今の体勢は、お尻を出入り口側に向けていることになる。
誰が入ってくるというわけでもないが、何となく恥ずかしい。
しかも、誰もいないのに馬鹿正直にこの体勢で待っているかと思うと・・・
(なーにやってんだろ、俺・・・)
ガチャッ
「お待たせ。」
森都が戻ってくる。声と気配でしか分からないが。
「さて、始めようか。」
そう言って、一発目が振り下ろされた。
ビシィィィンッ
「った!・・・ちょ、森都・・・?」
予想外の音と痛み。服の上からなのに。
葉月が驚いて振り返ると、森都の手にあったのは・・・
「・・・何で靴べら?(汗)」
「だって、葉月じゃあ下着まで脱がせるわけに行かないじゃない。
でも、葉月は痛みに強いし、海保は痛みに弱いし。
海保だけ痛く感じるの不公平だからね。」
そう言って森都が見せた、
革でカバーリングされている高級感と共に重量感たっぷりな靴べら。
思わず顔が引きつる。
「だからってねぇ・・・」
「はい、体勢戻して。次崩したら厳しいのいくけど?(ニッコリ)」
「・・・」
葉月は無言で元の体勢に戻る。
ここで見苦しく抵抗するのは、
いつもの立場で考えると、
そんなことで必死になっている自分の図も恥ずかしい。
ビシィィィンッ ビシィィィンッ ビシィィィンッ ビシィィィンッ
「っ・・・くっ・・・うっ・・・っ・・・」
こうなったら、残されたことは許されるまで耐えるしかないようだ。
そう悟った葉月は、おとなしく痛みを受け入れた。
そしてひたすら耐える。が・・・
「ふむ・・・」
10数発ほど打ち込んだ後、
森都は困ったような、何か思案するような顔をして・・・
「葉月・・・何でそんなに打たれ強いわけ?(^_^;)」
「・・・はぁ?」
あまりにも拍子抜けしてしまうような問いに、葉月がポカンとする。
「いくら服の上といったって、靴べらで叩いてるのに・・・
何、その無反応。」
必死で耐えてるんだよ!という心の叫びはしまっておく。
「長年の打たれ慣れ、ってやつ・・・?
怖いね、慣れっていうのは・・・
そりゃあ地田先生の竹刀も耐え抜けるはずか・・・。」
葉月は、全て下ろされたお尻に打ち込まれる地田の竹刀でも、
5発は無言で耐えられる。
そのあまりの痛みへの強さに、森都を含めた他の仲間も絶句したほどだ。
葉月は決して泣かない、と中学時代から通してきたが、
最近は悲鳴もなかなかあげなくなっていた。
だからよけいに地田あたりの神経を逆なでしてしまうのだが。
「でも、海保はあれだけ泣き叫んで、葉月は無言、じゃあ・・・」
(俺に海保みたいに泣き叫べって? 冗談言わないでよ・・・)
反抗はやはり心の中にとどめておく。
「仕方ない、葉月。下着はいいから、ズボン、下ろして。」
「はぁっ!?」
突然の宣告に、葉月が振り返る。
「あ、体勢崩した。じゃあ、下着だけになってから厳しいの追加(ニコッ)。」
ニコッと(黒い)微笑みをたずさえ、さらっと言ってくれる森都に、
葉月がさすがに苦言を呈そうとする。
「森都・・・あのさ・・・」
「何? ほら、早く下ろして、どうせ今更でしょう。
5人で何回も一緒にお仕置き受けてるんだから。」
そう、確かに、中学時代から、
こんなクールでSキャラの森都も含め、
5人で何回も地田やら金橋やらからお仕置きは受けている。
だから、お互いの目の前でズボンを下ろす、という行為だって、
別にこれが初めてというわけではない。
だが、・・・・だからといって、はい、そうですかとあっさり行使できる行為でもない。
だいたい、そういう状況ではみんな一緒に下ろすわけで、
今回のように自分だけ下ろす、なんてこともない。
「俺だって、痛み感じてないわけじゃないんだよ?」
靴べらの痛みは伊達ではない。
葉月だって、全く痛くないわけではないのだ。
森都に、葉月が無反応だから、あまり痛みを感じてないのだろうと思われるのは不本意だ。
しかし、森都はそんな葉月の意見もあっさり受け流す。
「分かってるよ、でも無言で耐え抜ける程度の痛みなんでしょ?
それじゃダメ。まだまだ余裕じゃない。
ああ、だからといって痛がってる演技しても無駄だけどね。」
「演技なんてしないよ・・・そんな騙せる相手じゃなし・・・」
あまりにも無反応だと教師陣が納得しないので、
葉月はちょっと大げさに演技することもたまにある。
だが、お互いを知り尽くしている森都にそれをするのはあまりにも無謀だ。
「はい、とっとと下ろす!」
ビシィィィンッ
「ったぁっ!」
業を煮やしたのか、森都、不意打ちの一発。
「はぁ・・・分かったよ・・・」
森都は自分に痛い思いをさせたいだけなのではないか、とため息をつきつつも、
これ以上粘っても良いことはないと悟った葉月はおとなしく制服のズボンを下ろした。
「はい。それじゃあ・・・叩き方も変えてみようか、これなら効くかもしれないし・・・」
「??」
後ろでブツブツつぶやく森都。そして・・・
ビッシィィンッ
「うくっ・・・(ヤバ・・・やっぱ痛い・・・)」
服の偉大さを思い知らされる一発がお尻の右側中央に炸裂。
そして、2発目が・・・
ビシィィィンッ
「ったぁっ・・・」
先ほどと寸分違わぬ同じ場所、右側中央ではじけた。
まだ痛みの残るそこを連続で叩かれるのは、かなりこたえる。
そして3発目・・・
ビシィィィンッ
「うぁっ!・・・ちょ、ちょっ・・・森都!」
また全く同じ、右側中央。
そう、森都は同じ場所のみを叩き続ける・・・
海保の仕上げの時に使った叩き方に変えたのだ。
痛みが解消されないうちに、次の痛みが全く同じ場所に降ってくる。
しかも、靴べらを使われているため痛みが襲う場所は、狭く本当にピンポイント。
葉月は3発目でそれに気づき、たまらず声を上げた。
これでは、回を重ねるごとに体感する痛みは増す一方。
そうなれば、いくら自分でもたまったものではない。
「・・・どうかした?」
「それっ・・・痛いんですけど・・・っ」
ここで格好つけたって仕方がない。葉月は森都に訴える。
しかし、それは逆効果だった。
「あ、効いてるみたいだね、良かったよ。」
「・・・(^_^;)」
またもやブラックスマイル。どうやら、まだまだ許してくれる気はなさそうだ。
「それじゃあ、そろそろ少し言わせてもらいますか。」
ビシィィィンッ
「いっ・・・くっ・・・」
「葉月。葉月は僕たちの中心にいる。それは自覚していると思うけど。」
ビシィィィンッ
「あっつ・・・・ま、まぁ・・・それなりに・・・」
痛みをこらえて何とか返事をする。
しなければまた森都の機嫌を損ねるだろうと、状況判断だ。
「葉月の影響力は強いんだよ。
特に、後からくっついてくるような海保みたいなタイプには。」
ビシィィィンッ
「いぃっ・・・はぁはぁ・・・う、うん・・・」
息を詰めすぎて、痛みがはじけた後の息づかいが荒くなる。
お尻の右側は赤く腫れ、ジンジンとした痛みと熱で訴えてくるが、
まだ靴べらは止まる様子がない。
「葉月が甘くすれば海保はそれが当たり前だと思うようになるじゃない。
その程度でいいんだって。
『葉月が甘い』んじゃなくって『森都が厳しい』んだって。それじゃあ困る。」
ビシィィィンッ
「うぁっ・・・つぅ・・・それは・・・」
「海保を浪人生にするつもり?」
「そんなことない!」
少し声を大きくして強く返事する。
すると、増して強い一発がまた同じ場所に振り下ろされた。
ビッシィィィィンッ
「くっ・・・いったぁ・・・」
「でしょ?
僕たちが海保に勉強をわざわざ教えに行っている目的をはき違えないで。
葉月ならこれだけ言えば分かると思うけど。」
森都にそう言われ、葉月は今までの状況を思い返し、そしてはっきりと悟った。
「・・・・・・・・っ・・・うん・・・そうだよね・・・」
海保に勉強を教える目的は、海保の学力を高めて大学合格させるため。
決して・・・海保を甘やかし、優しく接して嫌われないようにするためではなく。
今つらい思いをさせても、来年の3月、そしてそれ以降つらい思いをさせないため。
「ごめん・・・今度から・・・接し方考え直す・・・」
「・・・分かってもらえたようで何よりです。」
森都が、今度は、心からの微笑みを浮かべる。いつもの敬語に戻って。
・・・けれど、やはりドSで鬼畜なのは変わりないようで。
「仕上げに1発、『よろしくお願いします』の意味も込めて。いきますよ。」
「へっ!? ちょ、ちょっと待って、心の準備が・・・」
ビッシィィィィンッ
「~~~~!!!!」
あまりの痛みに葉月は声を上げるどころか絶句し、
食らった後、そのまま膝を床につき、椅子の座面に突っ伏した。
最後まで、ヒットポイントはしっかりお尻の右側。
「・・・・勘弁してよ・・・それ・・・」
そんな葉月の様子を見てクスッと笑いながら、森都がつぶやくように言う。
「・・・しっかりしてくださいね、葉月。頼りにしてるんですから。」
「・・・うん・・・」
そんな森都の声に、葉月も答えた。
ちなみに、それから海保にとって勉強の時間に現れる鬼は、1人から2人に増え、
海保は今まで以上に泣く羽目になった・・・・が、
その甲斐もあってか見事合格し、
3月は全員が笑顔で卒業できたのだった。