これは、風丘葉月たち5人組が高校3年生、受験生だった年の話・・・






「受験生に盆と正月はない」とはよくいったもので、実際その通りだった。

5人組、そろって学部は違うが同じ国立星ヶ原大学を第一志望にしている。
一応、ブロック大学レベルの国立大で、倍率もそこそこ高い。

教育学部志望の葉月と、文学部志望の森都は、

文系ツートップなだけあって、高三7月の模試判定時点でA判定が出てしまっている。
だが、勉強は怠らない。毎日8時間は勉強していた。

・・・なら志望校をあげればいいじゃないかと思うかもしれないが、

(実際教師陣からもそう言われたが)
2人は家から通える、という立地条件も気に入っているらしく、変える気はないらしい。

光矢は理系トップだが、

偏差値が他学部と比べものならないくらい飛び抜けている医学部希望のため、
あと少しでA判定に手が届くくらいのB判定。しかし、まぁ問題ない程度。

経済学部志望の魅雪は苦戦しながらも何とかC判定で、学力も少しずつ伸びてきている。
秋の模試ではB判定になるんじゃないか、とも言われている。


そう、問題は・・・海保だった。


海保は一時期入り浸りだったカウンセリングルームのスクールカウンセラーに憧れて、

心理学部を志望していた。
・・・が、元々勉強が大嫌いな海保。

ろくに勉強もせずに受けた模試は、7月時点でもE判定。
だからといって本人に危機感はほとんどない。

見かねた教師陣が、志望校を考え直せと言っても、それも聞き入れない。
結局、海保のことは葉月たちに任せるのが一番だ、という結論に至ったらしく・・・






「あの~・・・俺らも受験生なんですけど・・・」


模試結果が帰ってきた7月下旬、

葉月と森都は学年主任と海保の担任に呼び出された。


「お前らはこのままコンスタントにやってりゃもう合格確実だろうが。
波江を浪人生にしたくないだろう?
志望校を考え直せって言っても聞かない、

それならもっと勉強しろって言っても聞かない。
お前らの言葉なら少しは聞くんじゃないのか?」


「そう言われましてもねぇ・・・」


学年主任にそう言われ、海保の担任が懇願するような目で2人を見つめる。

本当に苦労しているようだ。


「だいたい、お前らつるんでるくせに波江ほったらかしなのか?」


「別にほったらかしてるつもりはないですけど・・・」


苦笑する2人に、学年主任は言い切った。


「いいから、頼むぞ。」


「「はぁ・・・」」






「面倒なことになりましたねぇ・・・ 海保を勉強させるなんて・・・」 


「今までも何にも言わなかったわけじゃなかったんだけどねぇ・・・」


ことあるごとにさりげなく言ってみるのだが、あっさりかわされる。

しかも葉月たちも受験生であることは同じで、
いくら判定に余裕があるとはいえ、

模試やら定期テストやら講習やらに追われていたため、
あまり無理にしつこく言えなかったのだ。


「だいたい生徒に勉強させるのは教師の仕事でしょうに・・・」


「まぁ、海保の勉強嫌いは筋金入りだからねぇ(苦笑)」


普段常にトップ3に入る葉月、光矢、森都。
そして、普段はそんなに勉強しないが、やる気になればそこそこの成績をとる魅雪と違い、
海保は勉強嫌いで有名だった。
最近も、受験生になった今になってサインコサインタンジェントを理解していないことが発覚し、
葉月や森都があきれたばかりなのだ。


「一度・・・話す必要がありますねぇ。」


「うん。」






そして・・・2週間後の土曜日。


「もうやだぁ・・・わかんなぃぃっ・・・」


「『わからない』は禁止したでしょう。

ほら、すぐにシャーペンを投げない! 教科書を閉じない!
公式は教科書にあるでしょう。当てはめれば解けるんです!
先入観もってすぐに投げ出すから分からないんですよ!」


「もうやぁ~~っ はーくぅぅんっ(涙)」


「残念でした。俺も森都の味方。

ほら、どんどんやらないと日が暮れるよ?」


「もりりん怖いからやぁ~~ はーくんが数学もやってよぉぉっ」


「俺の担当は文系科目でしょ? 理系科目は森都。それが約束。」


「でもぉ~~っ」


「いい加減になさい! 次は定規出しますよ!?」


「やぁぁぁぁっ ごめんなさぃぃっ」


・・・泣きながら海保が自分の部屋で勉強していた。






結局、あの後話し合った時の海保の様子で、

無理にでもやらせないとダメだということを実感させられた。

そこで古文・英語・日本史・政治経済の文系科目を葉月が、

数学・生物の理系科目を森都が担当し、
毎週火・木・土、家に行って勉強をみることになったのだ。


いっても、元来勉強嫌いな海保がそう素直に勉強するはずもなく、
実力行使で森都が持ち出したのが・・・「定規」である。
用途はもちろん、線を引く・・・わけではなく、お仕置き用。

家庭教師の内訳は火曜日に文系科目、木曜日に理系科目、

土曜日にテストと補強・・・となっていて、
土曜日のテストで合格点に届かなかったらお仕置き、

その他にも宿題をやってなかったらお仕置き、
勉強中にわがままや泣き言がひどいとお仕置き・・・と、森都が一方的に決めたのだ。
葉月はそこまでしなくても・・・と最初は苦笑だったが。

実は、葉月は中学時代から海保に甘い。(中学時代のカンニング事件なども参照)
なかなか厳しくできず、だから海保は厳しい森都の家庭教師はいやがるのだ。
・・・というか、葉月が甘い分、森都が意識的に厳しくしているのだが。

それにしても、森都はサディスティックな面がある分、

その指導はなかなかに厳しくハードだった。
葉月はその様子を見て、

(余計勉強嫌いになるんじゃなかろうか・・・)と不安にもなったが、
その分自分が甘やかしちゃってるからいいのか、と今では納得してしまっている。


「はーくぅぅんっ・・・」


「あーあ、もう・・・木曜日はいつも大泣きだねぇ」


また椅子から逃げ出して自分に抱きついてきてしまった甘えんぼに、葉月は苦笑する。


「はぁ・・・全く。次は定規を出すと言ったでしょう? 

こっちに戻りなさい、それから机に手をつく!」


「無理ぃぃぃっ」


よけいにギューーーーッと抱きついて離れない海保。


「こらこら、そんなにしがみついても、俺は助けてあげられないよ。

森都のところいきなさい。」


「うぅ・・・はーくんのいじわるぅっ」


諭す葉月を、恨めしそうな目で見る海保。


「早く行かないと回数増やされちゃうよ? 今なら3回で許してくれるって。」


「・・・ほんとぉ?」


「うん。 ね?」


「はぁ・・・葉月。あなたって人は・・・」


勝手なことを言って目配せする葉月に、森都がため息をつく。

いくら定規でも、服の上で3回では痛いのは叩かれた瞬間と、後を引いても数分だけ。
それを知ってて、海保を素直に行かせるためにそう言ったのだろうが・・・
やっぱり海保に甘くなる葉月なのだ。


「うぅ・・・」


おそるおそるやってきた海保。
そんな姿を見て、森都はまたため息をついて、

手に持った50センチのプラスチック定規で机を叩く。


「はい、ここに手をついて。パッパと済ませますよ。

まだやることたくさんあるんですから。」


そう言って、海保に手をつかせると・・・


ピシィィンッ ピシィィンッ ピシィィィンッ


「いったぁぁぁぃっ!」


「はい、それじゃ続き。とっととやる。」


「鬼ぃ~~(涙)」


容赦ない定規に、目に涙を浮かべながら、またシャーペンを握る海保。


そんなこんなで、また1週間が過ぎていくのだった・・・。