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「んー? 何だろ、珍しい・・・」
年明け最初の連休中日の日曜日。夜8時を過ぎた頃。
風丘の携帯には、日頃滅多にかかってくることのない番号からの着信が入った。
「はーい。夜須斗君、どうしたのー?」
すると、電話口から聞こえてくるのはひどく疲れ切った夜須斗の声。
“風丘助けて・・・俺らじゃもう無理・・・限界・・・”
「え?」
「何、風丘こんな時間から出掛けんの。」
「うーん・・・ちょっと・・・ね。(汗)」
電話を終えた風丘がいそいそと出掛ける支度をしているところに出くわした仁絵に、
風丘が曖昧な笑みを返す。
その態度に、仁絵が不思議そうに聞いた。
「何、仕事?」
風丘は少し考えるような素振りを見せた後、苦笑いして言った。
「まぁ・・・そんなとこかな。惣一君の家にね。」
「え?」
「惣一君・・・家出したって。」
「・・・は?」
ピンポーン
「ごめんくださーい」
電話を受けて1時間後、風丘は惣一の家に到着した。
傍らには、ついてきた仁絵もいる。
チャイムを鳴らすと、出てきたのは惣一の家族ではなく、夜須斗だった。
「あー、ごめん風丘・・・休みなのに夜遅く・・・あ、仁絵も来たの。」
「おぅ・・・てか、なんで夜須斗?」
似つかわしくない人物の出迎えに、仁絵が首をかしげると、夜須斗はハハ・・・と力なく笑う。
「いろいろあってさ・・・でももう俺らじゃ無理。」
夜須斗はそれ以上語らず、二人を家の中に入れた。
「ねー、まりちゃーん。いい加減こっちから連絡しなよー」
「嫌だ。私悪くないでしょ!?」
「そーかもしれないけどぉ・・・」
リビングではつばめが一人の女性相手に話していた。
風丘が入ってきた瞬間、縋ってくる。
「あっ! かざおかぁ!(泣)」
「はいはい、お疲れ様(苦笑)。 ・・・おじゃまします。新堂さん。」
飛びついてきたつばめに苦笑いしながら、ソファでムスッとしている女性に声を掛ける。
「・・・惣一のお袋さん?」
傍らにいた仁絵がつばめに聞くと、つばめは頷く。
「鞠菜って名前。『まりちゃん』とか『まりなさん』とか呼んだ方がいいよー
『おばさん』とか『惣一のお母さん』とか言うとすっごく機嫌悪くなるから。」
「ハハ・・・何だそれ・・・」
「・・・連絡しなくていいって言ったじゃん、夜須斗。
最近は減ったけど、惣一の家出とか、小学校の頃なんてしょっちゅう・・・」
鞠菜が不機嫌を露わにして夜須斗に文句を言うと、
もう聞き飽きた、と夜須斗がため息をついて返す。
「だから。それは家出先が全部俺の家とかつばめの家とかだったでしょ?
今回はそのどっちにもいない、
洲矢は連休で家族と旅行中、仁絵のとこは風丘の家なんだから行けるわけない・・・って
なったら担任に連絡するのが普通だって。」
「・・・ほっとけば帰って来る。」
「・・・はぁ。ほっといてもう二日経とうとしてんでしょ?
向こうから連絡来ないし、俺らからしても繋がらないし。
ここまで来たらケーサツ沙汰になってもおかしくないと思うけど?」
つばめも再度説得するように鞠菜の腕に縋る。
「ねー、まりちゃーん ほんとは心配してるんでしょ? すっごい寝不足の顔してる。
意地張ってないでさぁ・・・」
「あんな奴のこと心配なんてしてない!」
「おいおい・・・」
およそ家出した息子の母親の態度には見えず、
仁絵が驚きの表情で風丘を見ると、風丘は予想通りと苦笑い。
「家庭訪問とか三者面談で何度かお会いしてたからね(苦笑)。」
夜須斗やつばめに説得され、それに反抗する姿は学生のようにも見えるくらいだ。
「いつまでもガキみたいでしょ? 親父さんが年上でしっかりしてる分よけいだよ。」
寄ってきた夜須斗が呆れたように言う。
「親父さんは?」
「この週末は出張だって。バリバリの営業マンだから。
風丘が嫌なら親父さんに連絡しろって言ったのに『私も怒られるから嫌だ』だって。」
「なんだそれ・・・」
「あとは姉ちゃんがいるけど、鞠菜さんとそっくりだから
『どうせほっとけば帰ってくる』って言ってフツーに部活の合宿行ったらしい。」
「ハハ・・・」
もうお手上げ、と夜須斗が肩をすくめて風丘を見やる。
仁絵も、惣一の母親と会ったのはこれが初めてだが、
先ほどの言動と夜須斗の説明で、どんな人だか少しは理解して笑うしかなかった。
「ちょっと夜須斗! それじゃ一方的に私が悪いみたいでしょー 悪いのは惣一!」
「・・・埒があかない・・・あのさぁ・・・」
「はいはい。ストップ。」
また言い合いになりそうな雰囲気に、風丘が割って入る。
「新堂さん。そもそも、惣一君が家出する原因となったことを教えてもらえますか。
僕、夜須斗君から、惣一君が家出して帰ってきてないってことしか聞いてないんです。」
隣に座った風丘に見つめられて、鞠菜は言いづらそうに俯いて答える。
「そ、それは・・・お年玉を・・・」
「お年玉?」
「惣一のお年玉を、私が銀行に預金したから、ケンカになって・・・」
「うっわ、くっだらな・・・」
その余りにもくだらない原因に呆れる仁絵を、つばめがたしなめる。
「しーっ、仁絵、思ってても言っちゃダメっ」
「惣一に『1万円は使って良いから残りを出しなさい』ってちゃんと言ったのに、
『俺が貰った金だ』とか言っていつまで経っても渡さないから
しょうがなく出掛けてる間に1万残して残りを貯金したんです。
どうせほっといたってゲーセンやらカラオケやら夜遊びの金に消えるだけだし・・・」
話しているうちに腹が立ってきたのか、鞠菜は徐々にヒートアップしていく。
「私が使い込んだならまだしも、あいつのために貯金しただけですよ!?
それを、『人の金勝手にさわんじゃねーよ泥棒女! クソババア!』って抜かすのよ、あのバカ!
だいたい、そんなに触られたくないんだったらちゃんと隠しとけってのよ、
その辺にほっぽっといて、いざなくなったら『俺の金に触るな』ぁ!?
ふざけんじゃねーって言ったら、次の日私が起きる前に勝手に出て行きました。」
「まりちゃーん。口調が崩れてるよー」
「で、それが金曜の夜中で土曜一日経って、日曜も夕方になるのに帰ってこないから、
一応夜須斗とつばめに『泊まってない?』って聞いて、今こうなりました。
私悪くないでしょ、先生?」
「アハハ・・・」
迫ってくる鞠菜に、風丘は困ったように笑う。
「確かに悪いのは惣一君ですけど、新堂さんも意地の張りすぎはよくないですよ。
今のままじゃ何も解決しません。
夜須斗君たちもそれで困って俺に連絡してくれたみたいですけど・・・
本来なら、新堂さんからもう少し早く連絡頂きたかったです。」
「・・・す、すみません・・・」
諭されるように言われて、鞠菜はシュンとする。本当に、そこらの学生と変わらないくらいだ。
「どうにかできるー? 風丘・・・」
ソファの後ろからひょこっとつばめが顔を出し、風丘の顔をのぞき込む。
「うーん・・・夜須斗君たちの連絡にも応答しないんじゃ、
俺からしても反応はきっとないだろうし・・・
二人以外に惣一君が泊まりに行きそうな友達とか心当たりない?」
「俺らほど仲良いヤツは知らない・・・
一応何人か昔つるんでた奴らに聞いたけど、知らないって言われた。」
夜須斗が答えると、つばめがじゃあ、と口を開く。
「家とかに泊まってないで金曜の夜からずーっと街を徘徊、みたいなヤンキーみたいな・・・」
すると、それを仁絵がすぐさま否定した。
「ねーな。この辺は少年課の見回りキツイし・・・
情報網もねーやつがうろついてたら確実に補導される。」
「おー、経験者の説得力すごいね!!」
「ってか見回りきつくした原因ほとんどお前でしょ・・・」
感心するつばめとツッコミを入れる夜須斗に、仁絵がボソッと言う。
「ほっとけ・・・」
「この辺で該当者無し。と、なると・・・」
風丘は少し考え込むと、おもむろに鞠菜に尋ねた。
「新堂さん。ちょっと失礼なことお聞きしますが、
いつもお財布にいくらぐらい入れてらっしゃいますか?」
「へ!?」
「ちょっと風丘何聞いて・・・」
夜須斗とつばめが疑問を呈する中、
鞠菜は先ほど諭されてペースを風丘に持って行かれたのか、素直に答えた。
「今は1万くらいですけど・・・
あんまりいっぱい入れてると無駄遣いするって晃(こう)さんうるさいし・・・」
「晃さん?」
「惣一の親父さん。」
その鞠菜の答えを聞いて、風丘はボソッと呟くように言う。
「そしたら無理だな・・・」
「え?」
「無理って・・・何の話?」
「新堂さん。他に、家のどこかにまとまって現金を置いてあるところとか、ありますか?」
「あ、ありますけど・・・タンス預金みたいな・・・」
「この部屋の中なら僕たち席を外しますし、違う部屋なら場所は聞きません。
お手数ですけど、中身確認してもらえませんか?」
「え・・・」
「お願いします。」
ニッコリ笑顔でそう言われ、鞠菜は不思議そうにしながらもリビングを出て行った。
・・・そして数分後。
「あ、あの・・・」
「どうでした?」
「へ、減ってました・・・2万円・・・」
「「「え?」」」
「ふぅ・・・決まりだね。」
「決まりって・・・何が?」
「風丘、さっきからてめぇ何を・・・」
全くつかめない夜須斗たちを置いてきぼりにし、風丘は携帯でどこかに電話をかける。
ピッ
「・・・あ、もしもし、夜分遅くに失礼します。ご無沙汰してます、風丘です。
はい、そうですか。それは何より!」
「風丘どこに電話してんの・・・?」
「さぁ・・・」
「それで・・・え、あぁ、やっぱり来てますか! そうですか。
いえいえ、そしたら、迎えついでに僕がそっち寄らせてもらってもいいですかね?
はい・・・ほんとですか、ありがとうございます!
そしたら、驚かせたいんで連絡あったこと、内緒にしてもらっていいですか?
はい、明日のお昼前には着きますので、はい。はい。よろしくお願いしますー」
ピッ
終始にこやかな、
5人(主に惣一とつばめ)が密かに「先生モード」と呼んでいるトーンで電話を終えた風丘。
「風丘・・・見つかったの? 惣一。」
つばめにそう問われると、風丘はニコッと笑ってウインクする。
「うん。予想通り。」
「で。どこなの?」
あんなに心当たりあたったのに・・・と興味津々の夜須斗に、風丘は答えた。
「んっとね。博多!」
「「「「博多ぁぁ!?」」」」