麗翔が忘れたいぐらいの屈辱を受けた翌日の朝。
もう二度と顔を合わせたくないと思っていた麗翔だったが、
翌朝早々に入っていたラインにげんなりした。
【本日放課後、自治会室に来い】
「はぁ・・・」
『自治会』とそっけなくつけられたグループラインに投下されたメッセージ。
ラインを交換したその夜、
後付で斗夏から【ラインは三時間ごとにはこまめにチェックしなかったら怒っちゃうからねっ】と
連絡が来たので、
もし既読をつけなかったとしても放置し続ければ怒られるし、
既読スルーしたらしたで怒られるしで、板挟みだ。
麗翔は溜息をつきつつただ一言返信した。
【はい】
そんなわけで、朝から落ち込み気味の麗翔。
百合乃とのいつもの待ち合わせ場所に向かう途中だった。
その時・・・
「レイ!」
「えっ・・・ひ、陽汰(ひなた)! どうしたんだよ、朝練は・・・」
思いがけない声に、麗翔は目を丸くする。
背後から話しかけてきたのは、明るい茶髪で長身の爽やかな青年だった。
ピアスをして(一応校則でもセーフ)、制服を着崩して少しチャラそうな見た目だが、
その顔は超絶美形だ。
この超絶美形・・・遥瀬 陽汰(はるせ ひなた)は、
同じ聖空学園の男子高等部の一番人気、バスケ部のエース。
いつもは朝練で、こんな時間に登校しているはずがないのだ。
「朝練は休み・・・なわけないじゃん、ただの遅刻だよ。遅刻。」
寝坊しちゃってさ、ハハと笑い飛ばす陽汰に、麗翔は慌てる。
「じゃ、じゃあ急がなきゃダメじゃないか、
私なんかとのんきに喋ってる・・・」
しかし、その麗翔のリアクションに陽汰はムッとする。
「何だよそれー。最近全然連絡とってなくて、せっかくレイに会えたのに。
レイはどーも思わないわけ?」
「あ、いや、そういうわけじゃ・・・」
陽汰に詰め寄られ、麗翔は苦笑いしながら焦る。
遠巻きにギャラリーが出来はじめている。
第三者目線で考えれば、
女子高等部一の美形と男子高等部一の美形が揃っているのだから、
ギャラリーも出来るというものなのだが。
麗翔は焦る一方。もし騒ぎになれば、確実に四天王の耳に入ってしまう・・・
そんな麗翔のつれない態度に、陽汰はちょっと大げさにむーっと膨れている。
「分かったよー。朝練行きますよー。」
「あ、ああ!」
走ってくかー、と伸びをする陽汰に、麗翔は内心ホッとしながら、送りだそうとする。
すると、陽汰は振り向きざまに言った。
「あ、でもさ。」
「ん?」
「今日久々オフだから一緒に帰ろーぜ いつものとこで待ってるから! じゃっ」
「えっ!? 放課後!? 放課後は・・・ちょっ」
麗翔の返事を聞く間もなく、陽汰は走り去ってしまった。
また悩みの種が増えた・・・と、麗翔は頭を抱えるのだった。
「ユリ~~~ どうしよ・・・」
待ち合わせ場所で待っていた百合乃に、
麗翔はゲッソリしながら朝からのいきさつを話した。
「それは・・・困ったわね(汗)」
「だろ~~?」
「フツーだったら陽汰君を優先しなさいって強く言えるんだけど・・・
四天王が相手じゃねぇ・・・
しかも誘いもあっちが先となったら・・・」
「だよなぁ・・・仕方ない。陽汰に後でラインしとこ・・・
あ! で、でも何て言おう・・・っ」
「は? フツーに言えばいいじゃない、
自治会役員補佐の仕事があって、って・・・・」
そこまで言って、百合乃は思い当たったのか、じとっとした目で麗翔を見る。
「あんたまさか・・・役員のこと、陽汰くんに・・・」
「言うタイミング逃したんだよ・・・」
はぁ・・・と肩を落として答える麗翔に、百合乃がびしっと言う。
「そうじゃないでしょ!! そーいうことは引き受ける前に相談すんのっ!!」
「だ、だって相談も何も・・・」
怒られた麗翔は、そんなことしてる隙すら・・・と頭の中で言い返す。
「今更言ったら・・・うぅ・・・」
「ったく、あんたは・・・」
結局、その日の昼休み。
麗翔は悩んだ末にこう打って陽汰にラインした。
【ごめん! 放課後、先生に呼ばれててちょっと時間かかりそーだから、
今日一緒に帰るの無理かも・・・(汗)】
すると、すぐに既読がついて返ってくる。
【え~ せっかくだし待ってるよ】
「う、うぅ・・・」
【どれくらいかかるか分かんないしさ、待たせるの悪いよ】
【俺が待ってたいんだからいーじゃん。
レイは俺と帰りたくないの? (´・ω・`) 】
【違う! そんなことなくって・・・でも、今日は・・・】
【レイ? 今日どうかしたの? 朝からちょっと変じゃね?】
陽汰が不審がってきている。麗翔は更に焦った。
「うぅ~~~ どうしよー、ユリ~~~」
「事情話すしか無いんじゃない? 怒られるの覚悟でさ。
いつかは話さなきゃいけないことなんだし。」
一連のやり取りを一緒にのぞき込んで見ていた百合乃に麗翔が泣きつくが、
百合乃は薄情にもあっさりそう返す。
が、麗翔もそう簡単に引き下がれない。
「無理無理、絶対ものすごく怒られるっ」
しかし、百合乃もがんとして折れない。
「事前にちゃんと確認しないレイが悪いんでしょっ」
「だってそれは事情がっ・・・」
2人の会話がヒートアップする。・・・と同時に、周りへの注意は散漫になっていった。
そうでなければ、2人とも気付かないなんてあり得ない。
不用意な言葉を言う前に気づくはずだった。
「事情も何も、フツー相談するでしょ? 四天王の補佐役なんて、そんな・・・」
「へぇー 『四天王の補佐役』って何のことだよ、美郷。」
「「!!!」」
振り返ると、そこにいるはずのない、いてはならない人物が立っていた。
「ひっ・・・陽汰っ わーっ、ばかばかっ
お前、ここ女子部だぞ! 男子禁制のっ・・・」
「知ってる。だけど、このままじゃレイ放課後来なさそうだし、
直接話すなら今しかないじゃん。」
「いやだからって・・・」
女子部・男子部の異性の行き来は、校則上(一応)禁止になっている。
職員会議などがある放課後等、
教師の人目につきにくい時間に行き来する輩は少なくないが、
こんな昼休みなんていう白昼堂々に乗り込んでくる者などいない。
男子部一のイケメンのまさかの襲来に、
気付けば三人から少し離れたところには女子の人だかりができていた。
しかし、そんな周りの騒ぎは気にも留めず、陽汰は続ける。
「でもま、やっぱ収穫あったなー 聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。」
いつもの優しげな笑顔から一転、するどい目つきになる陽汰。
「え・・・」
「『四天王の補佐役』って何のことか・・・放課後ちゃんと説明してもらうからな?」
「うっ・・・」
ニヤリと笑うと、陽汰は麗翔の耳元で一言。
「逃げたら・・・分かってるよね? レイちゃん。」
何を言っているかは麗翔以外には聞き取れなかっただろう。
だが、陽汰が麗翔の耳元で何か囁いている、
その絵面だけで、今まで何とか堪えていたギャラリーは爆発した。
キャーーーーッと耳をつんざくような大歓声。
その数十秒後には、騒ぎを聞きつけた教師たちが駆けてきた。
「遥瀬!! お前、何堂々と女子部に・・・」
「あー、もう用事終わりましたから。おとなしく男子部帰りマース」
捕まえようとする教師の手をすり抜けながら、
陽汰は去り際に手を振り、颯爽と男子部へ戻っていった。
残された麗翔は・・・
「これ以上面倒事増やすなよぉ・・・」
頭を抱えるばかりだった。