「おい、下ろせってば!! 自分で歩けるからっ」


鈴羽にお姫様抱っこされた麗翔は、慌てて鈴羽の腕の中で暴れる。

が、鈴羽はどこ吹く風。


「そんなこと言って。

颯夜みたいに引っぱたかれて逃げられるのはごめんだよ。」


「うっ・・・」


痛いところを突かれて怯む麗翔。

が、だからといっておとなしくはしてられない。

「で、でもっ こんなとこ見られたらあんただって・・・っ」


「『鈴羽様』」


「え?」


「俺のことは『鈴羽様』と呼べ。」


「は、はぁ?」


「はい、復唱。」


そう言って、麗翔の顎を片手で強引に掴む。
つまり抱え上げている麗翔を支えるのはもう片方の腕だけなわけで。
中性的(しかもどちらかと言えば女性的)とはいえ、やはり男なのだ。


「うっ・・・お、おいっ」


「ふ・く・しょ・う」


顎にかかる力が強くなる。
脅された麗翔は仕方なく口に出した。


「っ・・・す、鈴羽様・・・」


「・・・ふん、まぁいいだろう。」


渋々言った感満載だったが、鈴羽は納得し、説明する。


「ここは自治会役員専用の、自治会室まで続く通用口だ。

だからこの姿を他の一般学生に見られる心配は無い。」


「せ、専用・・・」


「・・・着いた。」


見えてきた一つの扉の前で麗翔はようやく下ろされた。
扉横についている機械に鈴羽が手を触れると、ガチャッと鍵の開く音がした。


「入れ。」


中にはいると、広い家具も何もない閑散とした一間があり、その奥にまた扉がある。
麗翔が今度は懐からカードキーを取り出し、差し込んだ。
そして中に入ると・・・


「おっかえりー♪ すーずちゃんっ♪」


「お疲れ様。」


「全くだ。なんでこんな女の連行なんかをこの俺が・・・」


「そうくさるな鈴羽。ご苦労だった。」


「っ・・・」


中は先日いろいろありすぎたあの自治会室だった。

入口で立ち尽くす麗翔に、涼聖が声をかける。


「ほらほら、そんなとこに立ってないで。颯夜の前立ってっ」


「え、ちょっ・・・」


背後から涼聖に肩を持たれ、無理矢理颯夜の前に立たされる。


(うぅ、デジャヴだ・・・)


恐る恐る前に立つ男を見ると、それはそれは美しい顔で笑っていて。


「園宮麗翔。先日の一件に関して、謝罪し、

謝罪の印として俺たちの要求を呑んでもらう。」


「はぁっ!? 何で私がっ・・・」


予想だにしていなかった言葉に麗翔が不服を口にしようとするが、それは遮られる。


「ほぉ? 人の顔を殴っておいてその言いぐさか。」


「殴られるようなことしたのはお前だろ!」


「殴られるようなこと? 

あの程度のキスがか? ククッ・・・」


嘲る颯夜に、麗翔の頭に血が上る。


「あの程度って・・・私は・・・私にはっ」


しかしまたも言葉は遮られる。


「不覚にもドキドキした・・・か?(ニヤリ)」


「なぁっ!?」


「あんなご挨拶程度のキスなら何度でもしてやるぞ?
お前が謝罪して要求を呑めば・・・すぐにでも・・・」


「っ・・・ふざけっ」


颯夜が立ち上がって近づいてくる。この前と同じように。
この前と同じように麗翔の目を見つめ、

この前と同じように顎に手を伸ばす。
そして、麗翔はこの前と同じように、いや、この前よりも早く手を振りかぶり・・・

が、しかし、今度はその平手は颯夜に当たらなかった。


ガシッ


「馬鹿な女だ。最後のチャンスをつぶしたな。
しかも一度ならず二度までも俺の顔を殴ろうとした。
こうなったら仕方ないな・・・」


言う間にも颯夜は麗翔の腕をがっしり掴んで離さない。


「ちょっ・・・離せっ・・・」


「力ずくで謝罪させ、要求を呑ませ、俺にとった態度を後悔させてやる。」


「はぁっ!? ちょっ、おいっ!」


颯夜はそのまま麗翔を引っ張り、

自分は元々座っていた無駄に豪勢なイスに再び腰掛ける。
そして、麗翔の腕を引き、麗翔を自らの膝の上に横たえた。


「なっ・・・お前、まさかっ・・・」


嫌な予感がする。麗翔が起き上がろうとした時だった。


バシィィンッ

「いった・・・! お前っ」


お尻を、叩かれた。

あまりのことに麗翔が振り返ってキッと睨み付けると、

颯夜が麗翔の耳元で囁く。


「言うことを聞けない子はお仕置き、だろう?」


「何を・・・っ」


ククッと笑う颯夜。

そのとんでもないセリフに麗翔は顔を赤らめるが、

颯夜は涼しい顔をしてまた手を振り上げる。


バシィィンッ

「うぅっ」


「早く言うことを聞いた方が身のためだと思うがな。」


「誰がっ・・・」


バシィィンッ

「いたぁぃっ」


「あと2発でダメなら、このままじゃすまさない。」


バシィィンッ

「うぁっ・・・」


バッシィィンッ

「いたぃぃっ」


「最後だ。どうだ。言う気になったか?

『颯夜様の綺麗なお顔を殴ってしまってごめんなさい』ってな。」


この状況で抵抗するのは得策でないことくらい、麗翔には分かっていた。
しかし、頭ではそう分かっていても、
颯夜のどこまでも傲岸不遜で、上からの物言いに、つい麗翔は意地を張った。


「そんな・・・そんなこと・・・絶対言わない!!」


「フッ・・・そうか。なら・・・仕方ないな。」


その刹那。麗翔の耳に衣擦れの音が聞こえた。

次いで感じたのは妙な涼しさ。
制服のスカートを捲られ下着を下ろされたと、そう理解した時にはもう遅かった。


「お前っ・・・こんなっ・・・やめろ! セクハラだ!」


「違うな。お仕置きだ。」


バシィィィンッ

「きゃぁぁっ(い、痛い・・・っ)」


先ほどとは打って変わった痛みに、麗翔の悲鳴が変わる。
下着まで下ろされお尻を叩かれるという精神的苦痛に加えて、

物理的な肉体的痛みも増して、
麗翔は焦り、先ほど意地を張ったことを後悔した。

そして更にこの時、思い出したくないことを思い出してしまった。


「ヒュー♪ 初っぱなでやるねー、颯夜。

っていうか君、そんな可愛い声も出せるんじゃん♪」


「っ!!!」


そう、今は颯夜と二人っきりではない。

この状況を見物している他の四天王がいるのだ。
あまりにも急展開で頭から他の三人の存在を消し去っていたが、

最悪なこのタイミングで思い出してしまい、
麗翔は更に羞恥で耐えられなくなる。


バシィィンッ

「あぁっ・・・もうっ・・・もうヤダっ・・・離してっ・・・」


「謝罪の言葉を言えたらな。」


バシィィンッ

「いたぁぃっ」


「言うのか、言わないのか。」


バシィィンッ

「うぁぁっ・・・言わないっ」


頑なな言葉に、斗夏が感心したように言う。


「すごぉい。あんな痛そうなのに・・・」


「ククッ・・・強情な女だな。

ならもう・・・こちらから助け船は出さない。」


颯夜はまたしてもニヤリと笑うと、再び手を振り上げた。





・・・それから15分ほど経って。

麗翔の双丘はかなり赤く腫れている。

颯夜の平手のペースは遅いが、それでも回数が50に差しかかろうとした時だった。
不意に鈴羽が口を挟んだ。


「はぁ・・・もういい。飽きた。」


「・・・どうした鈴羽。」


「嫌気がさすほど頑固な女だね。俺たちが根負けするまで叩かれるつもり?」


立ち上がって、2人のもとまで歩み寄る。

ひざまずいて、颯夜の膝の上の麗翔の顎をくいっと持ち上げ、目線を合わせる。
その目は潤み、今にも涙があふれ出しそうである。


「俺たちがそんな甘い男に見える? 

呆れてものも言えない。謝罪の1つも言えないの。」


「だっ・・・だって私は・・・」


「『悪いことはしてない』か。もうそれも聞き飽きた。涼聖。」


「はーい。」


呼ばれた涼聖が何やらリモコンのボタンを押す。

すると天井からスクリーンが降りてきて、
もう一度リモコンを操作すると、そのスクリーンには信じられない光景が映った。


「な・・・何・・・それ・・・」


そこに映ったのは・・・


“なっ・・・お前、まさかっ・・・”


「分かりきったことだろう? 今の今までの一部始終。」


「い・・・いつの間に・・・」


「なんだ鈴羽。それはもう少し後に使う算段だったろうが。」


「もういいよ。俺飽きたから。

園宮麗翔。今すぐ謝罪し、こちらの要求を呑まなければ
この動画、もしくは画像を校内中にばらまく。」


「なぁっ!?」


「それが嫌ならまずは言うんだね。

『颯夜様の綺麗なお顔を殴ってしまってごめんなさい』だっけ?」


「あぁ。」


「っ・・・」


唇を噛む麗翔に、鈴羽は追い打ちを掛ける。


「早くして。俺は気が短いんだ。10、9、8・・・」


「うぅ・・・」


無情にもカウントは進む。


「7、6、5、4、3、2、1・・・」


「そっ・・・颯夜様のっ!」


『0』と言われる寸前に、麗翔は叫んだ。が、後が続かない。


「そ、颯夜様の・・・颯夜・・・様の・・・」


「はぁ・・・時間稼ぎ? 呆れた。そんな姑息な・・・」


「待って、言う、言うからっ」


鈴羽の言葉をどうにか遮って、震える声で続きを言う。


「颯夜様の・・・き、綺麗な・・・お顔を殴ってしまって・・・ご・・・ごめん・・・なさい・・・」


最後は消え入るようなか細い声だったが、

何とかそのセリフを口にした麗翔に、颯夜は尊大に言った。


「フン、まぁいいか。これからもっと素直にはっきり言えるように躾けてやる。
ほら、降りろ。」


下着を直され、起こされた麗翔は少しよろめきながら立ち上がる。
颯夜は自分の机の引き出しから一枚紙を取り出すと、

バインダーに挟み、麗翔に差し出した。


「これにサインを貰おうか。」


「『誓約書・・・私は聖空学園大学 学生自治会の任命を受け

学生自治会役員補佐に就任し、

その職務を全うすることをここにお誓いいたします』・・・
学生自治会役員補佐って・・・なんだよそれ!」


すると、ニコニコと涼聖が答える。


「まんまだよー俺たちのお助け係♪」


かと思えば斗夏が


「遊び相手!」


と満面の笑みで言い、鈴羽が


「平たく言えば雑用係。」


と言い捨て、最後に颯夜がとどめの一言。


「つまりは俺たちの『召使い』だ。」


「はぁぁぁぁぁっ!?」


あまりの言われように、麗翔は黙っていられず反論した。


「そんなのに付き合ってられるか、私は謝っただろ!」


「謝罪プラス要求を呑むことといったはずだ。

要求は『ここにサインすること』。
できないなら・・・」


颯夜が涼聖にアイコンタクトをとると、消えていた映像が再びスクリーンに映し出される。


「っ!! 分かったするよっ するからっ・・・」


麗翔の言葉を聞いて、映像が消される。


「それじゃ・・・サインを。」


颯夜にボールペンを渡され、

麗翔は少し震える手でサインを書き、書類を返す。


「フッ・・・これで契約成立だな。

契約期間は俺たちが飽きるまで。

お前が守るべきルールは・・・
まぁ、とりあえず言ってしまえば俺たちに『絶対服従』。

それを破ればどうなるかは・・・身をもって経験したな?」


「・・・」


もう言い返す気力もない麗翔は、黙って聞いている。
颯夜は続ける。


「それからここで起きたことは基本的にトップシークレットだ。

もしお前が何らかの情報を漏らそうものなら・・・

あの映像やら画像が流出することになる。」


「・・・」


「逆に言えば俺たちもここで起きたことを他言はしない。

麗翔チャンが約束を守っている限り、
さっきされたはずかしーい事も、知ってるのは俺たちと麗翔チャンの5人だけ。」


涼聖がからかうようにフォローとも言えないようなフォローを入れる。
疲れ切った麗翔は、自棄になって返答した。


「・・・はぁ・・・もう分かった。分かったから今日は帰らせて・・・」


「んー、じゃ、麗チャンスマホ貸ーしてっ あ、ロック解除してね。命令っ」


「え? あ、はい・・・」


割り込んできた斗夏に言われるがままに自分の携帯を渡すと、

斗夏はスラスラと何やら操作をし、


「はい、完了っ☆」


と麗翔に戻した。


「僕たち4人分の連絡先入れたよっ♪

僕のに麗チャンの連絡先入れたから、後で3人にも渡すからね☆」


「あ、あぁ・・・・・・」


「LINEも登録したからねっ 既読スルーしたら泣いちゃうからっ」


「既読スルーなんざした時点でお仕置きだな。」


「っ~~~ 分かったよっ もう帰る、いいだろっ」


その言葉に麗翔は頬を赤らめ、紛らわすように怒鳴る。

「あぁ。今日の所はいいだろう。」

「またね、麗翔チャン」
「バイバーイ♪」
「フッ・・・」


「どうも失礼しました!!」


麗翔は扉を荒々しく閉めて、自治会室を後にした。


ずんずんと廊下を突き進みながら、

何気なく斗夏から返されて手に持ったままだったスマホを見ると、メールが一件。
それは百合乃からのものだった。


【大丈夫? もう解放された? 

何かあったなら話してよ、相談乗るから!】


(話せる内容じゃないよ・・・)


麗翔はため息をついて、一度スマホをしまうと、校舎出口へ急いだのだった。