月曜日、朝の教室。

始業まであと5分。

クラスの最後列に一列に並ぶ机に座っているのは、

惣一、夜須斗、つばめ・・・そして洲矢の4人だけだった。


「ひーくん・・・」


登校する際の、5人のいつもの待ち合わせ場所。
今朝そこに来たのは、仁絵を除く4人だけだった。
しばらく待っていると、夜須斗の携帯に
『悪い、用事で遅れるから先行っててくれ』とのメールが入り、

今日は4人での登校になったのだ。


そして、今になっても仁絵は来ない。
洲矢はあからさまに落ち込んで仁絵の机を見つめていた。


それからしばらくして、始業1分前。

ようやく待ち人は現れた。


「・・・」


仁絵は無言で教室に入ると、

入ってすぐの後方廊下側端の席にそのまま座る。

ちなみに、2年に上がっても後方一列に5人が陣取るスタイルは変わらず、
席順だけが廊下側から窓側に

仁絵、洲矢、夜須斗、惣一、つばめに変わっていた。


着席した仁絵の元に、夜須斗が歩み寄る。


「ギリギリじゃん。なんかあったの。」


「別に。言うほどの用事じゃねーよ。」


素っ気なく返す仁絵。
いつもと違う感じに、夜須斗が眉をひそめた。
しかし夜須斗が何か言う前に、

洲矢がそんな仁絵に努めて明るく声を掛ける。


「ひーくん おはよっ」


しかしその返事は、

やはりあの事件の起きる前とは明らかに違っていた。


「・・・おぅ」


「っ・・・」


目を見てもくれず、ただ短く小さくそう答えるだけ。
その反応に、洲矢が辛そうな表情で唇を噛む。
他の3人も、続ける言葉が無く、一瞬、嫌な空気が流れる。

が、それは始業のチャイムと共に風丘が教室に入ってくることで破られた。


キーンコーンカーンコーン


「はーい、みんなおはよーっ」


クラスが一斉に席に着くため教室内が騒がしくなる。

そんな中、席に着いた惣一がヒソヒソ夜須斗に話しかけた。


「なぁ、仁絵なんかおかしくね?」


「うん。なんか冷たいね。洲矢に対してあんな態度・・・」


「はーい、じゃあ出席取るよーっ」


再び風丘の声が響き、2人も話すのを止めた。
そのまま朝のホームルームが始まり、

一旦この話題は打ち切りになった。


しかしやはり、仁絵の行動の変化は

事情を知っている洲矢でなくとも目についた。
今日は時間割上移動教室はなかったものの、

休み時間は特に会話に入るわけでもなく
1人でどこを見つめるでもなくボーッと座っているだけ。
昼休みもどこかへ行ってしまっていつもの屋上には現れない、
そして下校の時、

月曜は部活のない日なのでそのまま帰ろうと

惣一が声を掛けようとした時には既に仁絵の姿は消えていた。




帰り道、4人(洲矢はひたすら落ち込んでいるので主に事情を知らない3人)の話題は

仁絵で持ちきりだった。


「マジで仁絵おかしくね? 俺ら避けてるっていうか・・・」


「つるむの止めちゃう気なのかな? 
なんかオーラも、転校してきて最初の雰囲気に似てたよね、

話しかけづらいっていうか・・・」


「話振っても、シカトはしないけど

聞いてるんだか聞いてないんだか分かんないような相槌しか打たないしね。」


惣一、つばめ、夜須斗は一同に首をかしげる。


「土曜日遊園地行ったときはあんなじゃなかったよね?」


「あぁ。フツーに混ざって遊んだよな。」


「洲矢、何か知らない?」


「えっ、あっ、えっと・・・」


突然夜須斗に話を振られ、

今日のことをぐるぐる頭の中で考えていた洲矢は慌てる。
そんな洲矢の様子を見て、つばめが尋ねる。


「っていうか、洲矢も今日一日変だったよね。

元気ない感じ。何かあった?」


心配げに顔をのぞき込んでくるつばめに、

洲矢は必死で笑顔を作って首を横に振る。


「う、ううん! 何でもないよっ 

ひーくんも、明日は朝とかまた一緒に行けるといーねっ」


「・・・洲矢?」


その洲矢を見て不自然に感じたか、夜須斗が少し訝しんだ様子。
が、つばめと惣一は余り感じなかったようで、


「そうだねー、ま、誰だって虫の居所が悪い時もあるしねっ」


「そーだよな、あいつ最近あんま見てなかったけど元々沸点低いしなっ」


「それ、惣一に言われたくないと思うよ・・・」


と、いつも通りの軽口のたたき合いを始めていた。


結局、4人が別れるまでに(主に惣一とつばめが楽観的に)出した結論は
『明日になれば何とかなるだろう』というものだった。




が、そんな単純なことではないと知っている洲矢は、

3人と別れた後、携帯を取り出し、祈る思いで仁絵にかけた。


ピリリリリリリ ピリリリリリリ ピリリリリリリ・・・


「ひーくん・・・出て・・・お願い・・・」


ピリリリリリリ ピリリリリリリ ピリリリリリリ・・・


長いコール音が、洲矢の心をかき乱すように鳴り続ける。


「ひーくん・・・っ」


そして、その末にスピーカーから聞こえてきたのは

無情にも、無機質な案内音声だった。


『お掛けになった電話は、電波の届かない・・・』


「ひーくん・・・僕こんなの・・・こんなの嫌だよっ」


洲矢は肩を震わせながら携帯を握りしめる。
そしてその後、涙を流しながら帰途についたのだった。





翌日。


やはり、仁絵は朝来なかった。
同じく夜須斗に、今度は『先に行ってる』というメールを送っていたのだった。

そして学校でも、仁絵の態度は昨日と全く変わることなく、

むしろ硬化していってるように感じるくらいだった。

訳を聞こうにも、昨日帰路で話題にも出ていたとおり、

仁絵をキレさせたらやばいことは全員が知っている。
しかも転校当初の雰囲気に戻っているとなれば、
(特に洲矢以外の3人は)何が原因か分からないこの状況で

下手に問い詰めて逆鱗に触れようものならただですむわけがない。
そう思うと、不用意に話しかけるわけにもいかず、どうしようもなかった。




そうして5人の間に微妙な空気が流れ続ける中、昼休みも終わり、
5時間目と6時間目の間、授業と授業の間の休み時間。

ついに事態は動いた。


「ねぇ、ひーくん。やっぱり、ちゃんと話しよ?」


洲矢は、やはり1人自分の机で無言を決め込んでいた仁絵に、

机を挟んで正面から話しかけた。


「・・・」


仁絵は洲矢の目を見ない。俯いて、黙っている。
洲矢はめげずに必死で続ける。


「こんなのやっぱりおかしいよ。ちゃんと話して・・・「別に」


洲矢の言葉を遮ってようやく仁絵が口を開いた。


「話すことなんてねぇよ。」


「っ・・・」

「おい洲矢・・・」


素っ気なく、やはり目を誰とも合わせることなく放たれた一言。
しかし、それと同時に仁絵のオーラが変わったように4人とも感じた。
表情は変わらず無表情だが、

『これ以上話しかけるな、近づくな』という不機嫌全開オーラ。
洲矢を肉体的に傷つけることは万に一つも無いとは思うが、

これ以上は止めておけと止めようとした夜須斗だったが、遅かった。


「違う、話すことあるよ! 

こんな、こんな感じでずっといるの、僕ヤダよ!
ねぇ、ひーくんっ・・・」


「・・・」


「おい、洲矢、もう・・・」


仁絵は再び口を閉ざす。目は合わせないまま。

無表情、不機嫌オーラもそのままで、洲矢以外の3人はヒヤヒヤものだ。
もちろん、それは食い下がる洲矢に仁絵がいつキレるか、ということに対してだ。
しかし、洲矢も思い詰めると行動を止められないという面がある。
今回、先に限界に達してしまったのは・・・


バンッッッッ


「「「!!!」」」

「・・・」


「何それ・・・」


洲矢が間に挟んでいた仁絵の机を両手で思いっきり叩いた。
まさかの行動に惣一・つばめ・夜須斗は固まっている。

今までつるんできて、こんな洲矢の姿を見たことは無い。
しかし、それでも洲矢の方を見ようとしないで俯いたまま、

相も変わらず無表情の仁絵。


「何で・・・」


土曜の夜に衝撃の一言を言われ、

翌日一日不安を抱え続け、

その次の日には不安が的中して辛い思いをして、
今の今まで思い悩んできたのだ。

洲矢の感情はもう抑え込む限界を超えていた。


「何で目も合わせてくれないの!? 

ちゃんと話もしてくれないし、
それで一方的に『友達やめよう』なんて言われて、

納得できないよ、

そんなのおかしいよ、やだよ!!」


「・・・」


「・・・僕の話も聞いてよ・・・っ」


「・・・」


何を言っても反応してくれない仁絵を見て、洲矢の瞳にジワッと涙が溢れる。

そして、次の瞬間。


「そんな・・・そんなひーくんなんかっ・・・だいっきらいっ!!」


ペチィンッ

「っ・・・」


「なぁっ!?」
「わぁっー!!!! 洲矢、おま、何やってっ・・・」
「お、おいおい・・・」
「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」


衝撃的な展開は突然訪れた。
なんと洲矢が仁絵の頬を叩いたのだ。
・・・正確には叩いたというほどの強さではなく、

音も弱く、手を当てて横に払ったという程度の感じだったが。

いつの間にか教室全体の注目を集めていたので、

クラス全体に衝撃が走った。
温厚な洲矢がキレてビンタなんかしたこと、

そしてその相手がよりにもよって仁絵だったこと、
どちらもあり得ないくらいの衝撃だ。


「お、おい洲矢!!」


「来ないでっ」


そして洲矢はそのまま、泣きながら教室を飛び出して行ってしまった。
夜須斗の制止も聞かず。
追いかけようにもあそこまではっきり『来ないで』と言われてしまっては・・・
夜須斗は困り果てて立ち尽くした。


そして、叩かれた本人の仁絵はというと・・・


「・・・チッ」


髪を掻き上げ、小さく舌打ちしただけで、特にその後何の反応もなかった。
それを見て、一同とりあえずホッと胸をなで下ろす。
最悪キレて当たり散らすのではないかという危惧は現実にはならなかった。

そして、気を取り直して

こうなってしまってはほっとけないと、夜須斗が仁絵に訳を聞こうとしたときだった。


「なぁ、仁絵、お前洲矢と・・・「おーっと、話し中悪ぃな。」


学校では見慣れない男が突然仁絵の席の隣、廊下に続くドアから顔を出した。
が、夜須斗には見覚えがある。


「あ、あんた・・・何で・・・」


目を丸くする夜須斗を尻目に、
仁絵は先ほどの無表情を一転させ、

好戦的な、『女王様モード』の不適な笑みを浮かべて男の名前を呼んだ。


「遅かったじゃん。さすが天下の無能なケーサツ様だな。須王。」


名を呼ばれた須王はわざとらしくにこやかに返答する・・・


「お迎え遅れて悪ぅございました。女王様。」


・・・が、その表情はあっさりと一変した。


「・・・聞きてぇことが山ほどあんだ。ちょっと面貸せや。」


「いいよ。行ってやるよ。」


須王の、目が笑っていない怒りの笑みを見ても、

仁絵は不適な笑みを崩さず立ち上がり、教室を出て行く。


「お、おい、ちょっと仁絵・・・」


キーンコーンカーンコーン


夜須斗が少しでも聞き出そうと声を掛けるが、

仁絵は須王に着いて出て行ってしまう。

それと同時にチャイムが鳴り、


「はーい、授業始めるわよー」


6時間目の授業担当の金橋が入ってきてしまい、

それ以上追うことは叶わなかった。




そしてこの授業の裏で、仁絵と洲矢を中心に、もう一波乱起きることとなる・・・。