自治会室で、4人が不穏な企みをしている頃。
飛び出していった麗翔は、
走りに走って、ようやく辿りついた人気のない廊下の隅にうずくまった。
「何なんだよ、あいつ・・・サイッテー・・・」
柔らかい艶のある唇を、制服の袖でゴシゴシこする。
初対面の男に、キスされた。
しかも強引に。嫌なのも当然だった。そして更に・・・
「一瞬ドキッとした自分も・・・サイテーだ・・・」
当然嫌だった。だから瞬間的に離して引っぱたいた。
しかし、それと同時に唇に触れた瞬間、
すぐに離したからこそたったその瞬間で、ドキッとしたのを感じた。
それは颯夜のキスのテクのせいか、
恐ろしいほど美形な顔のせいか。
理由は分からない。
けれど、何にせよそんな自分も嫌だった。
「なんで・・・涙が・・・」
どんなに拭っても涙が止まらない。
帝王・・・颯夜に対する嫌悪の涙、
自分に対する嫌悪の涙。
怒りと悔しさと、いろいろな感情がない交ぜになって、
涙はしばらく麗翔の頬を伝い続けた。
ゴーンゴーンゴーン
「!・・・やば・・・もうこんな時間・・・」
離れたところから聞こえてくる、
中等部の下校時刻を告げる鐘の音で、麗翔は我に返った。
「目・・・赤くなってるかな・・・
ユリ・・・待ってるよなぁ・・・」
いつも何も無ければ一緒に帰る仲、
しかも今日はこの呼び出しがあったことを百合乃は知っている。
当然、待っているはずだ。
呼び出しのことを聞きたいに違いない。
ありのままのことを言えば、余計な心配をかける。
いや、卒倒するかもしれない。
しかし取り繕うにも、どう説明すれば・・・
考えた末、麗翔は携帯で百合乃に電話をかけた。
ピリリリ
“あ、もしもしレイ? 大丈夫だった?
終わったなら、話も聞きたいし一緒に・・・”
「わ、悪いユリ! ちょっと部活の野暮用片付けなきゃだから、
先帰っててくれないか?
今日のことは全然大丈夫だったけど、
気になるなら明日話すからさっ」
“えー、残念。気になってたのに・・・
まぁ、でも無事だったならいいわ。
明日ちゃんと聞かせてね!”
「あぁ、また明日な!」
ピッ
「まぁ、この顔じゃ会ったら即バレるし・・・
これが正解だよな。
(でも、いきなりキスされてボロ泣きしたなんて・・・
言えないよなぁ・・・絶対・・・)」
何とかその場は取り繕ったものの、麗翔は溜息をつくのだった。
翌朝。登校中から、
当然の如く百合乃は少しでも時間が空けば麗翔に質問攻めだった。
その度に麗翔は何とか当たり障りのない答えを返す。
「ふーん・・・じゃあ、本当に何にもなかったのね?」
放課後、やっと納得したように百合乃が言う。
ここまでにどれだけ同じコトを答えたか。
「あぁ、だから朝から何度も言っただろ?
ちょっと呼ばれて、話しただけだって。
確かに理由は百合乃の言ったとおり、
私があいつらの側を素通りしたからだったけど、
ちゃんと話したら特にお咎め無しだったし・・・」
「そう・・・良かったわ。
あんたなかなか帰ってこないし、私はてっきり何かされたかと・・・」
「ハハハ・・・」
麗翔は乾いた笑いを漏らしながら、
何とかごまかせたと安堵するのだった。
しかし、2人が帰ろうと校門に向かって歩いている時だった。
「ちょっと待て。」
「っ!!」
背後から呼び止められた。
その透き通る声は、麗翔にとって聞きたくもない声。
恐る恐る振り向くと、そこにいたのは・・・
(女、女王・・・)
「あ、あんた!」
「ん?・・・おや。」
百合乃に向けて、彫刻のような美しい微笑みを一瞬向けた鈴羽だったが、
百合乃の顔をみとめると、
思い直したように表情が変わる。
「報道部員か。
なら必要以上のサービスはいらないだろうね。」
「っ・・・な、何のご用かしら?
呼び出しの件は片付いたとレイから伺ってますが。」
鈴羽のオーラに圧倒されながら、百合乃が口を開く。
それを聞いて、鈴羽は口元に手を置いて含み笑いを浮かべる。
「片付いた? へぇ・・・」
「あ、いや、それは・・・」
本当は全く片付いていないことを知っている麗翔は焦った。
どうにかしようと口を開くが、それは鈴羽に遮られる。
「えぇ、まぁ。
でもうちの颯夜がそちらの園宮さんをいたく、『いたく』気に入ってね。
今日も一緒に話をしたいと我が儘言い出して、
この俺を迎えにやらせたんだ。
というわけで、お前に拒否権は無し。行くよ。」
「えっ・・・ちょっ!! お、おい、下ろせ!!」
すると、鈴羽は軽々と麗翔をお姫様抱っこした。
見た目は中性的でも、力は立派な青年のそれだ。
思わず声をあげた麗翔に、
鈴羽はニヤリと笑って麗翔の耳元で囁く。
「そんな大声を出して・・・人が寄ってきたら・・・
困るのはお前だろう?」
「っ・・・」
何も言えなくなった麗翔は口をつぐむ。
鈴羽は満足げに笑みを浮かべ、立ち去ろうとした時、
呆気にとられていた百合乃を見て言った。
「閉門時刻前には帰す。」
そして、鈴羽は踵を返すとそのままスタスタと立ち去ってしまったのだった。