~仁絵side~
洲矢と別れ、自宅に着いた仁絵。
今日は休日だが、風丘は仕事で遅くなると言っていた。


「飯作るかぁ・・・」


ぼんやりとキッチンに行こうとした時、

ポケットの中に入れていた携帯がバイブする。


「ん? メールか?・・・っ!!」


ポケットから取り出し、メールを見た瞬間、仁絵は青ざめた。
メールの内容は最悪だった。


『この携帯の持ち主の、お前の大事な大事なオトモダチは俺らが預かった。
返して欲しかったら海南地区の廃倉庫までお迎えに来な(笑)   カイ』


そして、添付ファイルには拘束され、口を塞がれている洲矢の写真。


送信アドレスは洲矢のもの。

だが、送り主は違う。メールの末尾に名前があるが、そんなことはどうでも良かった。


(洲矢っ・・・!!)


仁絵は無我夢中で家を飛び出した。





~洲矢side~
廃倉庫に連れてこられた洲矢。
無理矢理地べたに座らされ、
写真を撮られた後、

ようやく口の中のハンカチを抜かれた。


「ケホッ ケホッゴホッケホッ ハァハァハァ・・・」


不良たちは、中心メンバーのような数人が洲矢を取り囲むようにして陣取り、
いつの間にか増えていた十数名の他の男たちは、

倉庫の入口から洲矢が座るところまで、銘々好き勝手に座り込む。
その手には竹刀やら金属バットやらを握っている者もいる。
全員、いやらしいニヤニヤした笑みを浮かべながら。


リーダー格の男がしゃがみ込み、

またグッと洲矢の髪を掴み上げ、周りにいた不良たちが口を開く。


「うっ・・・」

「オトモダチの女王様がどんな慌て顔でお出ましになるか・・・今から楽しみだなぁ?(笑)」

「どうやっていたぶってやろうかこれから楽しみだぜ(笑)」


この声に、他の不良たちからも笑い声があがる。


が、洲矢は割と気が強く、芯が強い。(以前のゲーセンでの件参照)
不良たちに少しは怯えながら、それでも言い返した。


「僕は『女王様』なんて知らない。僕が友達なのはひーくんだもん!
それに・・・それにっ」

「あぁ?」


髪を掴んでいる男をキッとにらみつけて言い放つ。


「ひーくんはこんな卑怯なことする人たちなんかに絶対負けない!!」

「っ!! こいつっ!」

「うわぁっ」


洲矢の言葉に逆上した男が、髪を掴んだまま洲矢を地面に叩きつける。
先に肩を打ったので顔面直撃は防げたが、

後ろ手の拘束で完全にはかばえず、頬の辺りを擦りむいてしまった。


「いた・・・」


男はそれだけで飽きたらず、洲矢の胸ぐらを掴み上げて起こす。


「こいつも一発痛い目見せなきゃダメみてーだな?」

「っ・・・」


洲矢が覚悟して目をつぶった時だった。


「カイさん! 女王が!」

「(ひーくんっ!?)」

「何だよ、ずいぶん早ぇお出ましだな・・・」


仲間の男の声に、男は洲矢を離す。

そして・・・ついに仁絵が現れた。


「洲矢!!」


「ひーくんっ!! ぅぁっ」


「洲矢!!」


「おっと! それ以上近づいたら、

お前の大事なオトモダチに、何するか分かんないぜ?」


男が、洲矢を後ろから片腕で首を絞めるようにして拘束する。
仁絵も焦ったように声を上げた。

その反応に、男は満足げに笑う。


「チッ・・・」


仁絵は悔しそうに舌打ちをする。


「お前のそのお高くとまった綺麗な顔ボコボコにしたら、

このオトモダチは解放してやるよ(笑)」


男のその一言で、少し離れたところにいた仲間の不良たちが仁絵の周りに集まる。
もちろん、手には金属バットやら竹刀やら鉄パイプやらを持っている者も大勢いる。


仁絵はチラリと洲矢の方を見やる。
少しでもそちらに近づいても、

自分を取り囲んでいる不良たちを自分が倒しても、

その後の結果は同じ、最悪のもの。
選択肢は他になかった。

仁絵はふーっと息を吐く。


「いいぜ。やれよ。」


足を肩幅に開き、両腕をだらんと垂らす。


「じゃあ、遠慮無く・・・」


一人の男の持った金属バットがコンクリートの地面に当たってカランと鳴る。
不良たちが仁絵に襲いかかろうとした時だった。


「だめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!・・・んんっ」

「うぁぁぁっ!」


洲矢が声を上げて、

次の瞬間、拘束していた男の腕に思い切り噛みついた。
本当に思いっきり噛みつき、離さない。
さしもの男も、痛みに声を上げた。
そしてその一瞬を、仁絵が見逃すはずがなかった。


「ナイス洲矢。」


ボソリと呟き、猛然と包囲網を突破する。
仁絵の周りの男たちも、リーダー格の男の悲鳴に怯んでいたので、

囲まれていても仁絵にかかれば容易い。
恐ろしいほどの速さで駆け抜け、2人に近づき、

ためらいなく洲矢を拘束していた男を殴って吹っ飛ばし、洲矢を助け出した。
吹っ飛ばされた男は呻いて起き上がれない。

それら全ては本当に一瞬の出来事だった。

あまりにも一瞬過ぎて、不良たちは皆あっけにとられている。


「洲矢・・・」


「ひーくんっ ありがとぉっ」


「!! お前・・・それ・・・」


ニッコリ笑う洲矢。その顔を見た仁絵は、一瞬安堵の顔を浮かべたが、すぐにそれは凍り付いた。
震える指は、洲矢の頬の擦り傷に近づく。


「あ、これ・・・ ちょっと突き飛ばされて、手縛られててかばえなかったから擦りむいちゃった。
でも、大丈夫、痛いのちょっとだけだし・・・ひーくん?」


明るく振る舞う洲矢の声も、仁絵には届いていなかった。
洲矢の傷を見た瞬間、仁絵の中で何かが切れた。

怒りに震える仁絵の声は、身にまとうオーラは、いつもと違う。


「てめぇら殺す・・・殺す殺す殺す・・・全員ぶっ殺してやる!!」


「ひーくんっ!!」


そこからは、仁絵の無双状態だった。
相手の不良たちの攻撃は、
素手はもちろん、竹刀も金属バットも鉄パイプも全くもって届かない。
仁絵は風のような速さで動き、一方的に相手を殴り、蹴りつける。
いつもはセーブしている力も、フルスロットル。
舞うような美しい動きと裏腹に、手ひどい攻撃。
『天凰の女王様』と呼ばれ、仁絵が最大に荒れに荒れていたその時、そのものの姿。


数分後には、痛みに呻くことすら出来なくなった者や、あまりの痛みに意識を手放した者、
全ての者が立ち上がることも出来ずに、仁絵の足下に転がっていた。
対照的に仁絵は傷一つ無く、息一つ荒げず、ただ怒りに満ちた顔で静かに佇んでいる。
その視線の先には、先ほどまでの威勢はどこへやら、完全に怯えきってるリーダー格の男。
仁絵は表情を変えずに、その男に歩み寄る。


「ま、待てよ・・・そんだけ暴れりゃ気が済んだだろ?」


「・・・」


「も、もうそいつには手出さねぇし・・・」


「・・・」


仁絵は無言。そしてそのまま胸ぐらを掴み上げる。


「ヒッ・・・お、俺らの負けだ、あんたちの勝ちだよ女王さ・・・うぐっ」


仁絵は聞く耳持たず、男の顔に拳を入れた。
倒れ込む男に、間髪入れずに攻撃する。

それは本当に一方的で、先ほどまでにまして強烈。
相手が無抵抗でただうめき声をあげるだけになっても、仁絵の手はゆるまない。

しかし、そんな攻撃の嵐の終わりは唐突に訪れた。


「もういいっ もういいよっ ひーくんっ」

「!!」


「これ以上やったらこの人死んじゃうよっ」

「しゅう・・・や・・・」


その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。近づいてくる。
いつの間にか誰かに見られて通報されたか、はたまた全く関係ないか。
分からないが、もしこんな状況で見つかれば2人とも有無を言わさず補導だ。

冷静な思考を取り戻した仁絵は、洲矢の腕を取った。


「とりあえずここから離れる。」

「うん。」


2人は廃倉庫を後にし、駆け出した。




2人がようやく一息ついたのは、

以前、クリスマスの時にも2人で隠れた公園の遊具の中。


「洲矢・・・」


2人で遊具の中に入ると、仁絵は洲矢を強く抱きしめた。


「洲矢、ごめん・・・ごめんな、俺のせいで・・・」


「ひーくん・・・」


仁絵の泣きそうな声に、洲矢は驚きで目を丸くする。
こんな弱々しい声を、洲矢は聞いたことがなかった。


「怖い思いさせて、怪我までさせた・・・俺がお前とつるんだから・・・」


「ううん、そんな・・・」


『そんなことないよ』と洲矢が言おうとしたとき、それは仁絵の声に遮られた。


「洲矢・・・」


仁絵は洲矢を離すと、何かを決めたような表情で、洲矢の目を見つめる。


「ひーくん・・・?」


「もう、俺とつるむの止めろ。」


「え・・・」


予想だにしない言葉に、洲矢は固まる。


「な、何言ってるの・・・?」


「もう、俺に近づくのはやめろ。俺ももう・・・お前と話さないから。

友達・・・やめよう。」


衝撃の言葉に、洲矢は目を大きく見開いた。

「や、やだよ、そんなの・・・」

「今日は送る。帰るぞ。」

「ひーくんっ!!」


洲矢の言葉に耳を貸すことなく、仁絵は洲矢の腕を掴むと歩き出した。




「・・・じゃあな。」


洲矢の家の前に来ると、

仁絵は洲矢の腕を放し、素っ気なくそう言うとすぐに歩き出してしまう。


「待って! ひーくんっ!!
月曜日、一緒に学校行くよね!? いつもの場所で待ってるからっ」


洲矢の言葉にも、仁絵は振り返ることなく、

そのまま歩いていってしまうのだった。