予想だにしない霧山の言葉に、固まってしまう仁絵。
だが、我に返って反論した。


「っざけんな、誰があんな奴と!」


「貴方、学生時代の葉月を知らないでしょう?」


「それはっ・・・そうだけど、それにしたって!」


正論を言われ、言葉に詰まる。
それでも、

だからといって「はい、そうですか」とあっさり認められるようなことでもない。


「貴方も不思議に思ったでしょう。葉月が何故、自分にこうも肩入れするのか。」

「!!」


霧山の言葉に、仁絵が目を見開く。


「葉月は何か言いましたか?」


「あいつは・・・そういうこと言わないし・・・
前に『助けたいと思っただけで理由なんてない』とは言ってたけど・・・」


「・・・そうですか。

・・・自分から貴方には言えなかったんでしょうね(笑)」


まるで全て知っているかのような口ぶりに、

仁絵が少し興味を持ったように近づく。


「な・・・なんだよ、理由って。」


その様子を見て、少し霧山の笑みが深くなった。


「クスッ だから言ったじゃないですか。

貴方は昔の葉月とそっくりなんです。」


「それのどこが理由・・・

っていうか、どこが似てるってんだよっ」


「そっくりですよ。

無駄に賢いところや、

妙に冷めているところ、

その実頼られたら弱いところ・・・」


霧山はスラスラと並べ立てていく。

そして、一息ついて、最後に一言。


「そして・・・教師をはじめとした大人を見下し、

大人に対して全く心を開かないところ。」


「なっ・・・!」


仁絵は驚きで言葉が出ない。

この数日で、自分をここまで観察されていたことに対してもそうだが、
何より、それが学生時代の風丘とそっくりというなら、風丘も・・・


「あ、あいつが? まさかそんな・・・」


「もっともよく分かるのはお仕置きの最中でしたよ。
あなたは私のお仕置きに対して、

ほとんど声を発さず、ただ耐えるだけ。

『ごめんなさい』も言わない。
葉月もそうでした。決して泣かず、屈さない。
口にするのは
求められた時必要な時に便宜的に言う

最低限の表面的な謝罪だけ。
葉月は教師たちの求める反省像を『演技』するのに長けていました。

中学入学当初はそうでもありませんでしたが・・・。
学年があがる度に顕著になっていきましたね。
まぁ、私たちの受けていた『お仕置き』は、

ほとんどの場合処罰と同じような意味合いでしたし、
葉月の『演技』は見破られることはそうそうありませんでしたから、
貴方たちみたいに心からの『ごめんなさい』は求められず、

それで許されていましたけど。」


「・・・マジで?」


「その共通点は、

先に述べたように教師を見下し、決して心を許さないという点。
だから葉月は貴方に特に目をかけるんですよ。
放っておけないんです、きっと。昔の自分を見るようで。
他人の私が感じるくらいですから、

葉月自身はもっと強く感じたと思いますよ。」


言っていることは分かった。だが、疑問も残る。


「・・・それをなんでわざわざ俺に言うわけ。

それ言うために、俺引き留めたんなら、何で?
俺にどうさせたいわけ。」


仁絵がそう言うと、霧山は少し困ったような顔で回想する。


「葉月はその気質故にだいぶ苦労しました。

いくら私たちのように同年代に心を許せる者がいても、
まだ揺らぐことの多い学生時代、

いざという時に信じられる大人がいない状況は辛い。
それは・・・貴方も少しは知っているかもしれませんね。」


「・・・」


「葉月は両親とは不仲ではありませんでしたが、
どちらも家を空けることが多い身で、

なかなか一緒にいる時間をとれなかった上、その後亡くなります。
そんな捻くれた性格ですが、

貴方も知っているように社交的で明るい面もちゃんと持っていますから、
友好的に先生方と話すこともありました。

けれど、それは戯れや気晴らしに過ぎません。
そして結局、葉月は自分のその性格を十分に自覚しながら、

とうとう直すことはありませんでした。

・・・というか、直せずに終わりました。
それで、教師になったんです。」


「・・・は?」


唐突な展開に、仁絵は置いていかれる。
しかし、その心はすぐに霧山の口から語られた。


「もしも自分と同じような生徒に出会ったときに救えるように。
自分は出会えなかったけれど、

その生徒が少しでも心を許せる教師に自分がなり、
更に他の者にも心を開いていけるように手助けしたいと。」


「・・・」


「それで貴方と出会えば、見過ごすはずがないでしょう。

特別目をかける理由も分かるはずです。」


「だから・・・結局なんなんだよ。」


「結局言いたいことは、単純明快ですよ。
葉月の親友として言わせていただきます。

あまり葉月に苦労をかけすぎないでください。」


「・・・はぁ?」


「貴方にも多少は伝わっていると願っていますが、

貴方の想像を遙かに上回って、葉月は貴方に心を砕いています。
『貴方が私と話したいと言った』と

葉月に伝えた時の喜びようを見たでしょう。
葉月は貴方が自分以外にいっこうに心を開かず、突っぱねていると

ずっと悩んでいましたから。」


「・・・そんなの・・・俺の勝手だろ。」


身に覚えがありすぎるくらいにある仁絵は、視線を床にそらす。


「まぁ、そんな複雑な性格構成を持つ貴方が、

光矢のようなド直球直情型人間に

嫌悪感を抱くのは無理もないと思いますが・・・
私ならどうでしょう?」


「・・・何言ってるか意味分かんないんだけど・・・」


「貴方も察しているとは思うんですが、

私も貴方や葉月同様、相当捻くれているんですよ。」


「・・・だろうな。」


「同じひねくれ者同士、仲良くしましょう。(微笑)
・・・というわけで。

この高原教室が終わったらすぐに、

学級組織が10月から始まる後期版に編成されるでしょう。
そこで柳宮寺君。図書委員に立候補してください。」


「はぁぁぁっ!? なんでんなこと俺がっ」


突拍子もない提案に、仁絵は我に返って声を上げる。
が、提案をした当の本人はどこ吹く風である。


「学校司書の私が生徒の君と関わるには

それが手っ取り早いんですよ。」


「あんた馬鹿だろ。俺が素直にそんなこと・・・

「聞くはずがないことくらい分かってますよ。
何の切り札もなく私がただ素直にこんなことを言うとでも? 

言ったでしょう、私は捻くれているんです。」


「なっ・・・なんだよ・・・」


不適な笑みを浮かべた霧山に、仁絵は少し後ずさる。
そして霧山はとんでもない切り札を仕掛けてきた。


「貴方さっき・・・私に殴りかかろうとしましたね?」

「っ!!」


「そしてその事実を葉月はまだ知らない。」

「てめっ・・・」


「貴方は頭に血が上るとすぐ手が出ると葉月から聞いていましたが、

その通りで。
おかげですぐ取引ネタを仕入れられて助かりました。」


「まさか・・・てめぇわざと・・・」


「いーえ。あれは意図的ではないですよ。

まぁ、あの場面でああならなかったら、
多少挑発して既成事実を作り上げようと

頭の片隅で思ってはいましたが・・・(黒笑)」


「っ・・・」


霧山の、どこか恐ろしげな微笑みに、仁絵は息をのむ。


「でも、そんなことをしなくても貴方は私に逆らえないと思いますよ?
だって貴方は葉月にそっくりなんですから。」


「は、はぁ? さっきから意味分かんねぇって・・・」


繋がらない論理に仁絵が混乱する中、

霧山はさっさと結論づけた。


「とにかく。それではよろしくお願いしますね?(ニッコリ)」


「っ・・・! 帰るっ」


もう反論する気も起きないのか何なのか。
仁絵は踵を返した。


「送りますよ。そう葉月に約束しましたし。」


「いらない! 今更『約束』とか白々しいんだよっ」


仁絵はそう吐き捨てると、バンガローを出て行ってしまった。
そんな後ろ姿を見送りながら、霧山は微笑む。


(クスッ 本当にそっくりですね。『私に弱い』というところまで・・・)




こうして大波乱の最終日夜は更けていき、盛りだくさん高原教室は幕を閉じたのだった。






ちなみに高原教室後、学級編成で仁絵は渋々図書委員に手を挙げた。
いつもの5人組はそれを見て、

からかうどころか「熱があるんじゃないか」と心配した。
風丘も最初は心配したが、

本当にやることが決まると、嬉々として霧山に報告、

それを聞いて霧山はいつものように微笑むのだった。